事故物件の女《ショートショート》
『ここ事故物件なんですよ』と、紹介されて入ったマンションの一室には、見知らぬ女が正座していた。
女はこちらを見ていない。気づいていないんだろうか。
いやいやいや、そうじゃない。
物件の紹介してもらってるのに、そこに人がいるのはおかしい。
「すいませんけど、そこにいる人だれですか?」
さすがにおかしいと思い、たまらず質問した。
『えっ…人…?誰かいます?』
「誰って…目の前に女の人が…。」
確かに目の前には、女の人が正座している。
目線をこちらに向けているわけではないが、じっと座っている。
「見えないんですか?」
『見えないって、私たち二人以外にって事ですか…?』
どうやら本気で言っている様子だ。
しかし、確かに僕の目には女の人が映っている。
『え~…どこだー…?』
「どこって、目の前に正座して…」
いる、と言いかけた時、僕が人差し指で座敷を女のいる方を指した瞬間、
ー キリ! ー
と音が聞こえそうな程の鋭い目線を向けてきた。
「…!なにっ!?」
急に鋭い目つきでこちらを睨まれ怯んでしまった。
『なにって、何です?』
「あ…いや…」
僕は女に向けたつもりの言葉も、物件紹介の男性にとっては二人きりの空間での会話だ。
どうしようか。
目の前の光景に悩んだが、僕は物件探しをしているだけだ。
それらしく振舞う事に決めた。
キョロキョロと周りを見渡して、水周りや寝室になりそうな部屋を見て説明を聞いていった。
ー・-・-・-・-・-・-・-・-
10分ほど見て周り、そろそろ次の物件にというタイミング。
最後にやはり一番気になるそれについて質問をしてみた。
「事故物件って言ってましたけど、その……詳しく聞かせてもらえませんかね…」
物件紹介の男性の表情が一瞬曇る。
しかし、聞かれたからには答える義務がある。
『10年ほど前なんですけどね、ここには20代中盤くらいの女性が住んでいたんですよ。
裕福ではなかったみたいですが、貧しいというほどでもなかったみたいです。
ただ両親を早くに亡くし、1人身だったみたいで、しばらくここに住んでいました。
家賃の滞りとかは無かったみたいなんですが、ある月、突然家賃の振込が止まりました。』
ここから一つ声に強みを増す。
『何度か催促の連絡や直接家まで行きましたが、毎回不在。
このマンションのオーナーさんは大らかな方だったのですが、さすがに痺れを切らして、不在を確認の上、マスターキーを使い家に踏み込んだんです。
そして、そこには正座をしたまま息を引き取った女性がいました。』
思いのほか衝撃を受けた。
事故物件だから覚悟をしていたけど、正座している女の方を見る。
何とこっちを見ていた。
「ほんと?」
小声で呼びかけてみた。
ー コクリ ー
頷いた。マジかよ、と声に出そうになるが、押し殺して話の続きに耳を傾けた。
『正座の女性は既に息がなかったのですが、部屋は冷房でキンキンに冷えていたみたいで、亡くなったままの状態で保たれていたそうです。
身寄りがなかったので、遺品などの処分が難しく、まだこちらで保管はしているって感じですね。
なぜ、そんな状態で亡くなられていたのか、わからず仕舞いでした。』
「そうですか…。」
ちらっと、女の方を見ると口をパクパクさせて何かを訴えかけて来る。
「あ、あぁ…さむい?」
ー コクリ ー
そうかぁ。理由はわからないけど、ここで亡くなったその人なんだな。
所謂、霊的な者。
「ここ、借ります。いつまででも良いんですよね。」
『はい、6ヶ月以上であればいつまででも。物件が古いので、ずっと住んでくださるのであれば、家賃は事故物件扱いのままでいいそうですよ。』
家賃は月2万円。
立地は、都心部の主要電車の沿線。
「じゃ、お願いします。」
『ありがとうございます。それでは、店舗の方に戻りましょうか。』
いそいそと帰り支度をして、玄関に向かう。
「もうすぐ、部屋あっためてあげるから待ってて。」
振り返り、誰も居ないはずの部屋に語りかけた。
この世の者ではない正座の女との奇妙な共同生活が始まる。
著 T-Akagi
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