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コミュニケーション研修で思うこと

コミュニケーション研修をやっています。
コミュニケーション研修をやっているのは、どんなに技術が進んでも、人間が避けては通れないものだからです。自分の持っているものや、勉強してきたものが、すこしでも社会に還元されるならば、それはやる意味のあることです。

もしかしたら、将来、人と人とを仲立ちができるAIができるようになるかもしれません。そうしたら、お互いが相容れない状態でも、これまで人間が考えたこともない解決する方法をAIが提示してくれるかもしれません。
ただ、できたとしても、まだまだ先のことで、加速度的に技術が進んでも可能になった場合でも、これまでの人間の活動とは相容れないでしょう。そのため、これまでの解決方法と、AIの解決方法と、二つ示されるようになるでしょう。「AI風情」が、といって、最終的に暴力に訴えてくる人も出てきそうです。

人は、急激な変化についていけません。安定した生活が、幸せなのです。そのために、変化を毛嫌いし、変化があっても、なるべくこれまでとは大きく変化しないように行動します。そのために、現代の変化に対して、しばしば無感傷になっている人が少なくありません。

人は他人から影響されてしか変われない。しかし、やはり安定した世界に居続けたいので、変化を自ずから起こすことは潜在的に避けます。他人からの影響によって、はじめて刺激が入り、新たな側面を見て、変化していくのがわかっていても、避けます。

できる人は、人が変化を恐れることを知っています。そして、他人でしか変われないことも知っています。そのため、いろいろな人と出会っていきます。例え、学生上がりだろうが、どこのどいつかわからない人であろうが、時間が許す限り会っていきます。ただし、できる人たちが会うのは、有益な人物だけ。

有益な人物って誰かだと思います?

それは能動的に行動を起こしている人たちです。彼らは、今は無名でも、今後、新しい風を吹かせるかもしれません。なぜなら、自分から果敢に変化を受け入れようとしているから。変化をさせたいなら、行動している他人と接していくのが良いでしょう。

今後、僕のコミュニケーション研修は、続けられるかはわかりません。依頼がなければ、続けたくてもできませんし。
続けられなくなっても、「続けられない、くっそー」と嘆くことはありません。ぼくがコミュニケーションについて、考えることはやめませんから、違う形で出力していきます。自分が、今後も動き続け、新たな作品を作り続けるには、コミュニケーションは絶対に必要ですから。

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