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Brit Bennett "The Vanishing Half"

今年4冊目の洋書に選んだのは Brit Bennett著の "The Vanishing Half," 人種差別の歴史やパッシングやカラリズム、 性差別・トランスジェンダー、性的暴力や家庭内暴力、貧困問題、といった重たいテーマが見える話題作だ。ようやく6月8日に読了した。

早川書房の note 記事を読んで、手にとった。現代アメリカにおける人種差別問題とそれを扱った文学作品との関係や意義、著者ベネットの問題意識や読みどころなど、立教大学・教授の新田啓子氏による解説が読み応えありなので、是非こちらを読んでみてほしい。

また、Amazonのサイトに掲載されているレビューコメントも充実しているものがあるので参考になるだろう。

この小説が著者の2作目ということだ。Amazonの著者紹介によれば、南カルフォルニア出身、スタンフォード大学で学び、ミシガン大学で、MFA (Master of Fine Arts - 美術学修士) 学位をとったということである。20代半ばで発表したという1作目 "The Mothers" (Amazon Link) も、The New York Times Best Seller 、話題作だったということだ。

アメリカ南部、肌の色の薄い黒人ばかりが住む小さな町マラード(*1) に生まれた双子の姉妹、デジレーとステラ、16歳のときに誰にも言わずに町を離れて行方知らずになっていた。ワシントン D.C. で働き結婚していた姉のデジレーが夫の暴力に耐えられず、漆黒の肌を持つ幼い娘ジュードを連れて町に戻ってきたところから物語は始まる。別々の世界で生きることになったデジリーとステラ、二人の母親のアデル、デジリーの娘のジュードとステラの娘のケネディ、ヴィーン家3代の女性たちの物語である。

暴力や大小の事件は登場人物の回想の中で間接的に語られ、直接的な描写はない。それだけに、それぞれの人物が心の中に密かに持つ痛みや悲しみ・苦しみが心にしみた。それでも、女性たちは、最後にはそれぞれの道を歩むことにはなるし、全体的には悲壮感や絶望感よりも、前向きの明るい読後感だった。

「ブルーブラック」と表現される黒い肌を持ち、あからさまな差別を受けて孤独な少女時代を過ごした、そんなジュードが、物語の軸を作っていく。

ジュードは、陸上が得意で優秀なランナーであり、また、大学院の医学部に進学していく優秀な頭を持ち、パートナーと同棲生活をする中で、ケータリングやダイナーのアルバイトもこなすバイタリティも兼ね備えた女性として描かれている(*2)。自分の気持ちに正直で純粋、人を思いやる優しい気持ちを持ち、変にすれたり皮肉なところはなく、そのまっすぐな言動によって、ばらばらに分断されていたた3代の女性たちが再びつながり、許し合い救われていく。

よく考えてみれば、本書は、特に社会に潜む問題を抉り出して告発する、とか、特定の社会問題に対して行動を要請する、とか、現状を憂え同情を求める、などの、そういう性質の物語ではない。あるいは、人の幸福はこうあるべきだ、と指導するものでもないし、教訓や人生の指針を示すものでもない。

生まれた環境の中で精いっぱい生きようとした、このようにしか生きられなかった、そのような一人ひとりの生きざまと思いが語られている。歴史も社会も分析して語る対象ではない。私たちは、そのうちでそれぞれの人生を歩んでいく、それらを語ることで歴史や社会が見えてくる、そのようなことが感じられた。

物語の後半、デジレーとステラは束の間の再会を果たし、ジンを飲みながらお互いに過去を語り合う。そして、二人はまた別れ、別々の世界に生きる自分たちの生活に戻っていく。誰が正しいとか間違っているとか、誰が不幸だとか誰が幸せだとか、そういうジャッジは一切ない。その後、母親を看取り葬式をすませたあと、デジレもパートナーのアーリーとともに故郷を離れるが、新しい町で始めたコールセンターでの仕事は、若い同僚たちに「Mama D」と慕われているようで、ほっとする。

ラストのシーンは印象的で未来を想像させる心地よい余韻を残す。


ところで、"passing" という単語(*3)や 肌の色が "light"という表現(*3)など、私たちには見慣れない単語や言い回しがあったり、周囲の人たちの言動などエキゾチックに感じる面も多いが、 彼の地の社会にいたら空気のような所与の環境なのだろうとも思った。アメリカの読者の多くはNHKの朝ドラのように楽しんで本書を読んだかもしれない、となんとなく思ってしまった。盛大な勘違いかもしれないけれども。

なお、もちろん著者は、社会問題に関して無関心であるわけでもないし、あきらめているわけでもないし、それは生きるうえでの条件だ、とか言っているわけでもない。

著者は2014年、黒人少年を射殺したミズーリ州ファーガソンの警官の無罪評決に際し、フェミニスト系ウェブ誌に、論説「善良な白人たちとの折り合い方がわからない」を寄稿し、同問題を論じたことでも知られている("I Don't Know What to Do with Good White People,” Jezebel, 17 December 2014)。

早川書房note 記事:全米170万部の話題作がうまれた背景は? 現代アメリカを理解するための必読小説『ひとりの双子』解説(新田啓子

本書が出版されたのが、2020年、ミネソタ州でジョージ・フロイド殺害事件が起きた翌週だというから、偶然とはいえ、読者に特別な意味を持って語りかけた部分もあると想像される。

物語を彩るポップカルチャーや、重い歴史の暗喩を思わせる出来事など、現代アメリカ社会の光と影を写す、そんな読みどころも随所にあり、これから何度読み直しても新しい発見がありそうだ。


さて、本書は5月末に読み終える予定だったが、10日ほど予定をオーバーしてしまった。ゴールデンウイークの頃は、面白すぎて捗るので、5月中旬には読み終えることができるか、と内心思っていたのだが、このところずっと読書に時間と余裕をうまく確保することができずにいたのだった。

当初、重たい社会問題について歴史を掘り下げたり、関連文献をチェックしながらじっくりと時間をかけて読み、苦手な社会科の勉強にもなるだろうし、アメリカ社会を理解する一助にもなるだろうと、思っていたのだが、結局のところ、読みやすい文体と絶妙なストーリー展開と章立てに構成で、先を急ぐように読み進むことになり、そこまではいかなかった。とはいえ、盛沢山なトピックがあるが、今後の問題意識や視点として頭に少しはひっかかったと思う。

年間12冊洋書を読むと目標にしながらも去年は11冊だったし、一昨年も同じだったと記憶している。今年こそは、と思うのだが、なかなかだ。ただ、本書のように、内容があって読み応えのある本を読めているので充実感はある。

次の洋書は待ちに待った Sara Paretsky の新刊、先月に発売されたばかり、シカゴの女性私立探偵 V.I. ウォショースキーが活躍するシリーズ、21作目となる "Overboard" だ。6月末まで2週間もあれば読めるはずで、2022年上期は5冊という着地になることだろう。

1年半前に出版された前作 "Dead Land" の感想文、洋書を読む楽しみなど、2020年の8月に書いている。


■ 注記

(*1)マラードはルイジアナ州のニューオリンズの近くにあるとされる架空の町だが、物語の中でも地図にも載っていない小さな町だという設定である。


(*2) 人種や性別や貧富に関わらずこれほどの人がいるのだろうか、と感心させられる若者だ。ジュードだけではなく、双子の姉妹・デジレーもステラも、そしてケネディも、みなそれぞれ才能と容姿、そして自省の力と他人を思いやる想像力を兼ね備えており、物語が未来を感じさせる明るい雰囲気が基調になっているのは、そのためもあるだろうと思った。

(*3) 冒頭に貼った新田啓子氏の解説にしっかりと書かれているので、自分へのメモでもあるし、ここに引用しておこう。

ところでステラが人種的出自をいつわり、白人になりすます行為は「パッシング」といい、人種関係の輻輳性を先鋭的に証言してきたアメリカ文学伝統の主題ともなってきた。この言葉の語幹である英語のpassとは、誰かがある人格として「通用する」状況を表す動詞である。

早川書房note 記事:全米170万部の話題作がうまれた背景は? 現代アメリカを理解するための必読小説『ひとりの双子』解説(新田啓子)

「黒人貴族」たちは、そんな苦境に目を閉ざし、黒い同胞をさげすむことで、人種を超えた自分たちを夢想した。そのやや痛々しい自己欺瞞の装置こそが︑マラードに特有の人種主義、つまり黒人同士が色の薄さを誇りあい、黒い者を排除する、俗にいう「カラリズムcolorism」である

早川書房note 記事:全米170万部の話題作がうまれた背景は? 現代アメリカを理解するための必読小説『ひとりの双子』解説(新田啓子)

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