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火曜日しばらく雑記帳・2023 CW35

先週、「意識があることを意識するには意識が必要であることはあたりまえ」と書いたが、人によってはデカルトの「我思う故に我あり」のことだと早合点してそのままスルーしていたかもしれない。

しかし、そこは注意が必要である。「我思う故に我あり」というのは客観的な存在としての我があると言う論証のつもりであってそれはやはりおかしいと言わざるを得ない。これは主観的な経験としての「我思う」から主観的な経験として「我あり」と結論づけているだけだ。

我から分離した世界の中に客観的に我が在るとは誰にも証明できない。私達はこの世界に主体として生きている経験を通じて我が在ることは疑問の余地がない唯一の真実だと、主観的に考えているだけだ。しかし、そのように考えてみると、「我思う故に我あり」というのはなかなか含蓄が深い言葉でもあって、あなたや彼・彼女が、私と同じように思うことができること、心があること、感情があること、意識があること、そして無意識があること、それらを信じていない限りは、この言葉を、唯一疑うことのできない客観的な真実だと言うことはできないだろう。

先週の冒頭に書いた「意識」とは誰の意識のことだろう。通常は上に書いた文脈で、私の意識があることを私が意識するには私の意識が必要であることはあたりまえ。

どういうことかと言うと、例えばこのように書いてみよう。

あなたの意識があることを私が意識するには私の意識が必要であることはあたりまえ。

これはわからないでもないだろう。では次の文章はどうだろう。

あなたの意識があることをあなたが意識するには私の意識が必要であることはあたりまえ。

意味がとおらないと思うかもしれない。しかし、次のように書き換えてみれば意味が通るだろう。

あなたの意識があることをあなたが意識していると私が意識するには私の意識が必要であることはあたりまえ。

つまり、あなたが意識していることは私には経験できず知り得ないことであることを意識しなければならない。意識することができるのはあくまで私でしかないのだ。だから、意識は客観的に私達の前に取り出して見ることのできるものではなく、意識の客観性は周囲の人や環境との関係の中から生まれてくることがわかる。

では、次のような言い替えはどうだろうか。

私の意識があることを私が意識するにはあなたの意識が必要であることはあたりまえ。


言葉遊びだろうか。様々な場面を振り返ってみれば必ずしもそうとは言い切れないだろう。


■先週の土曜日に午後から年老いた父母を訪ねて町田に行ってきた。成城石井でベビービーツのパックが売っていたので、ビーツを広めようと狙っている私は2パック購入して持っていき、1つは母に、1つは弟に渡した。

裏の空き家から、蔓がからまりながら傍若無人に侵入してきた葛をカットしたり、車を運転して買い物を手伝ったりなどした。

その日の夕食に母がすぐにサラダに使ってくれた。もう一つお土産で買って行ったイチジクと鶏のスモークのサラダに、トマト・ブロッコリなど野菜を合わせてベビービーツをあしらっている。

2023/8/26 父母の家での夕食
トンカツがメインディッシュで、もう一皿はラタトゥイユ

ニュージーランド産の小型の種類のビーツということで、下処理と下茹でしたものが数個入っていて使いやすい。

お盆の一週間は京都にいて一回も川崎のオフィス・ラボに顔を出さなかったので、先週は月火木金の4日、ラボに顔を出した。

毎週毎週、あまり変わり映えのしない弁当の写真を並べるのも気が引けるが、私の心の状態を反映しているようにも思う。気持ちがすぐに顔に出る。弁当にも出る。

2023/8/22弁当
ズッキーニと鶏の地中海風、ツルムラサキ、出汁巻き、しば漬けに梅干し、十六穀ご飯。

だから、食事の写真をシェアするのを嫌がる人もいる。なんとなれば、その人の出自(地域とか家族)や経験・履歴(どのような環境でどのように育ったか)などもなんとなく現れるからだ。

2023/8/24 弁当
豚とジャガイモの地中海風、万願寺の焼いたの、出汁巻き、しば漬けに雑穀入りご飯。

私自身だけならば割り切れるのでいいが、気にする人も多いだろう。なかなか難しいものである。

2023/8/25 弁当
鶏と茄子の地中海風、万願寺の焼いたの、人参、青のり入り出汁巻き、しば漬けに雑穀入りご飯にふりかけ。

夕食はいつもの簡単ワンプレート。夏野菜ざんまいだ。

2023/8/23 夕食
鶏と茄子のラタトゥイユ風、クスクス。
オリーブオイルにクミンシードとカルダモンシードの香り、そしてたっぷりの茄子を使ってトマトと玉ねぎ、鶏、そしてハラペーニョ。
2023/8/24 夕食
鶏モモ肉のヴィネーグル。 皮からじっくりカリっと焼いてから、玉ねぎ加えて白ワインビネガーで炒め煮、万願寺を最後に。レモンとアヴォカドも今の季節ならでは、


2023/8/28 夕食
豚スペアリブのカリー、グリルした夏野菜とバスマティライス。
スパイスは、コリアンダーシード、クミンシード、フェヌグリークシード、オールスパイス、クローブ、ターメリックに赤唐辛子。

このカリーは今年のカリーの中でもかなり良い出来だった。

ソーキ汁の要領で、スペアリブはいったん茹でこぼしたあと、泡盛で1時間ほど炊いていく。その間に、ニンニク・玉ねぎのみじん切り・ダッテリーノ種トマト1/2缶・挽いたスパイスを、順番に投入、それぞれじっくり火を通していってペースト状にする。

スパイスのペーストはスペアリブの鍋に投入してさらに1時間ほど煮込む。旨味が若干足りないと思ったら、お好みで出汁を入れるといい。仕上げにガランマサラと塩適量で調味。

その間に野菜(茄子と赤パプリカに万願寺唐辛子)をグリルしておき、バスマティライスを炊いておく。ターメリックで幸せの黄色をつけてアジョワンホールで香りにアクセント。

汗をかきかき、あっという間にご馳走様。


■先週からひっかかった音楽を少し

1.先週、ペドロ・マルティンスのアルバムを紹介した。もう一人、ブラジルのギタリスト Daniel Santiagoとのギターのデュエットで魅力的なシングル "Curupira Modernista" がリリースされていた。


2.ペドロ・マルティンスといえば、ベーシストのピポキーニャ、こちらも素晴らしい才能の若手で今後がさらに楽しみだ。つい最近にリリースされたシングル "Tipo Dani" も素晴らしい演奏だと思う。スタジオライブがYouTubeに上がっている。

なお、ペドロ・マルティンスを紹介した記事に Shiomin さんが素晴らしいコメントをつけてくれていて、それによれば「ピポキーニャというニックネームは「ポップコーンちゃん」という意味」ということだ。

5年前のビッグバンドとのライブ、ジャコ・パストリアスの名曲 "Teen Town" も期待どおりの演奏、先週、何度か聴き直していた。


3.ピアニストのBen Winkelman (ベン・ウィンケルマン) のシングル "Praise"も耳に残る良さがあった。イスラエル出身ギターの鬼才 Gilad Hekselman (ギラッド・ヘクセルマン)が参加しているので、ひっかかった。

ギラッド・ヘクセルマンの演奏はちょっと不思議な感覚があっていい感触だ。以前に少し触れたことがある。


5.イスラエルのシンガーソングライター、David Broza (デヴィッド・ブロザ)が参加したRonen Roznerの "J'te fais un p'tit café" も印象に残った。

ビデオクリップは少し「?」という感じだ。


6.ポルトガルのファド、カルミーニョ (Carminho) のシングルは、ローマ教皇・フランシスコの前で歌った "Estrela"。

2018年にリリースされたアルバム「Maria」からのセカンドシングルということだが、やはり素晴らしい歌声だ。


■ 土曜日の朝は7時起き、新横浜から鴨居の往復のコースを13.1km、8時からジョギングしてきた。少し暑さが和らいできたようにも思うが、まだまだ十分に暑い。途中バテバテ、3L ほど汗をかく。

2023/8/26 jogging
県道12号線 小机駅より西へ第三京浜下を少し越えたあたり
2023/8/26 jogging 13.1 km
Y.T.D. 411.0km 計画比 98.6% 今年の目標は 640km


■ところで、川崎のラボには去年末ごろに機器が増設された。他の場所にあった試験設備を、全体の合理化のために今のフロアを詰め詰めにして、統合・終結したのだ。その際に、同僚から「暑くなるな、こりゃ」と話しかけられ、「いや、逆に寒くなるんじゃないですか?」と私、そんな会話を思い出す。

発熱量が増えると、エアコンがかえってガンガン冷やしにかかるので、メチャメチャ寒い。発熱の増加がフロア内で均一で、さらに冷却が均一に行われるなら、そんなことはなく一定の温度にコントロールされるわけだが、そんなわけはない。

ラボで私が陣取っているスペースはメチャメチャ寒い。先月までは上着を着て行っていたが、さすがに今は半そでのカッター(関西弁:Yシャツのこと)を着て行っている。それでも通勤途上は汗ダクだ。

「ラボに上着を置いておけばいいんじゃないの?」・・・そういえばそうであった。私としたことが。


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