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vol.012「なんでもいいから、機嫌よくしておくこと。」

複数の人から、具体的な表現で誉められるか評価されるかして、「あ、これって、もしかすると『お金の取れる技術』なのだな」と気づいた経験が何度かあります。
「相手の話を聞いて相槌と質問を続けるうちに【相手が自分で】状況を整理できてしまう能力」
「委任重視に振りきって、結果責任を取る(後始末をする)中間管理職としての能力」が、その代表選手です。

管理職とは『判断する機能』である。」から、続き。

 


■姿、形の見えないものを問わない


中間管理職に『最低限のココロエ集』、というものがあるとしたら、
 
判断する。その能力がないならせめて追認する
・ 「隠されたルール」があるなら事前に明示する
・ 撤退の基準をもっている。中止の指示を出せる
・ 精神論を持ちださない

 
の4つかと考えている。
 
このなかで、スキル・経験値が不要で、すぐ実行できるのが、4番めの
精神論を持ちださない
だ。
 
ここでいう精神論とは、「きもち」や「こころがまえ」など、「反証のしようがないもの」をベースにして仕事を語ること。管理者の権限をふりかざし、「指導」し、考課評価に反映すること。
 
「反証のしようがない」とは、例えば
 
目に見えないもの、数えられないもの。(例:「やる気をみせてみろ」「根性出せよ」)
叱責する側に、一方的に解釈権があるもの。(例:「何がダメか自分で考えろ」)
具体的な行動に置き換えられないもの。(例:「真剣さが足りない」)
理屈の上では必ず正しいもの。反論のしようがないもの。(例:「目標達成してなくて申し訳ないと思わないのか?」など等。「世界は平和なほうがいいよな?」と同程度に意味のない問い)
 
といったことだ。
 
  
反証可能な土台で話すのを「科学的な態度」。反証できない土台で話すのを「精神論」と言ってよいと思っている。
つまり、精神論を持ち出す人間はその時点で、非科学的だということだ。
 
 
チーム全体の仕事が溢れてしまっているとき。
メンバーの手が回らず、疲弊しつつあるとき。
ほしい情報が思うように集められないとき。
 
リーダーがやるべきは、
「根性で乗り切れるよ」
「そこをなんとか頼む」
と【他者の心がけ】を責めたり、説いたりすることではない。
 
 
「仕組みで解決できる部分があるか」
「援軍をどこからか頼んでみよう」
と【自分の頭】を使うことだ。

自分の頭を使えること。
かならずしも汗をかいたり背中を見せたりしなくてもいいから、みずからの頭脳を"酷使"して、考え出したことを自分の表現で話し、指示するか、判断するか、複数案から1つを選ぶか、ぐらいできること。
それができないなら、黙って見守るか、提案に「いいよ」と追認するかだ、と考えている。
 

■「頭がいい」とはなにか


「頭を使える」と似た概念として、「頭がいい」がある。
 
頭の回転が早い、頭が切れる、物知りだ、といろいろ定義できそうだけど、話を単純化するために、
「頭がいい」=「賢い」
に置き換えて、定義をこころみる。
 
 
賢い人の定義
 
①人の話を聞く
・最後まで聞く。
事実と感情を分けて聞く
・相手の立場、自分との関係性にかかわらず聞く。※意見を採用するかしないか、判断を変えるか変えないかは別問題。
 
②他者への想像力をもつ
・自分の言動が何を引き起こすかを想像する。
・相手の行動原理、利害関係に推測をめぐらす。
・あいだを取り持ってくれた人のことをかんがみる。
 
③自分で考える
・自分の頭で考える。※結局ループのように戻ってくるのだが
・自分の言葉を使う。意味を調べる。
・入力を得て考える。入力がないと「考える」ではなくただの「悩む」。
 
といったことは、言えそうだ。
 
これを裏返すと、

(1)人の話を聞かない
(2)他者への想像力に欠ける
(3)自分で考えない

は「賢くない(愚か)」ということになる。自分に置き換えてみて、しばしば、陥ってしまってるな、と判る。
 
いずれにせよ、賢いか賢くないかは、その時点の知識の量や資格や何かではなく、
 姿勢・態度・行動
で決まる
、と考えられる。
態度、行動、つまり「意識すれば実践できるもの」ということになる。
  

■「疑問を持つ」ことの効用


管理職にかぎらないけれども、「疑ってみること」はものすごく重要だ。信じることの代表が宗教で、疑うことの代表が科学(哲学)だ、と考えてみるとわかる。
 
上位者の言っていることに、なにかおかしな点ないか。全体がいま合意しつつある事柄の、エビデンスはどの程度か。自分の取っている行動は、誰に対しても説明が可能か。部下に対する指示や命令に、正当な根拠はあるか―。
 
いちばん最後の例でいうと、たとえば、「正当な権限分担としてメンバーに任せたら、その決定に口出ししない」ことはとっても重要だ。
  
任せたはずのことを、後づけでくつがえす。偉くなったつもりになって、好みや機嫌で評論する。 
いずれも、よほど気をつけていないとやってしまいがちなことだ。
 
メンバーの正当な職責範囲にリーダーが口出しをすることの、デメリットを整理してみる。
 
①人が育たない。
 監視したり、自分の気分で口出すことで、部下が育たなくなる。人材の成長の機会を奪う。
 
②顔色を伺うようになる。
 自分の正当な権限内であっても、上司の口出しを突っぱねられる部下は少数派だ。忖度する空気がつくられる。
 
③時間を浪費する。
 決定を覆すことで、プロセスが後戻りする。時間という資源が浪費される。
 
④生産性が下がる。
 その瞬間、自分の仕事(時給の高い仕事)をしていない。上司の機能を果たしていない。
 
この中で、イタいのは「部下の仕事に首をつっこんで、仕事をした気になっている」こと。
影響が長く後々まで尾を引くのは、「おおぜいのメンバーの成長の機会を奪う」こと、だろうか。
 
メンバーはほとんどの場合、リーダーの私物ではなく、経営者なり株主なりスポンサーがリスクを取って確保している。
メンバーの成長機会を毀損(きそん)するということは、
仕事をしてない ではなく 現実の損害を出している」(ゼロではなくマイナスである
という点がポイントだ。
 
 
管理者としての責務(権利)だ」(例:提案は一度は突き返すものだ)
上司たるもの、こうあるべきだ」(例:叱責・罵倒されて育つものだ)
と、過去の先輩にされた経験を自分も真似する。または我流で、勉強や参照をせずに言動してしまうのか。 
「本当にこれが(唯一の)正解か?」
「なにか決定的に見落としてないか?」
と疑問を持って、チェックできるか。

疑問を持つ習慣のある人間と、ない人間では、人生の行き先がおおきく違ってしまう。
  

■なんでもいいから、機嫌よくしておく


上司が温和でいると、相談・報告がしやすい。
不機嫌、ピリピリしていると、話を持っていきづらい。
この単純な原理を理解していない管理職は、案外すくなくない。
 
なにかあったら相談してきて」→「なぜ報告しなかったのか」
と言われても、
あんたが話しかけづらいからですよ
とツッコみたくなる。
 
管理職。監督。コーチ。先生。代表取締役社長。
 
何でもいいけれど、リーダーをやるとき、いちばん効率性が高いのは、「つねに機嫌よくいること」だ。
 
とにもかくにも、声をかけやすいこと。メンバーが顔色やタイミングを伺わなくてすむこと。
 
不機嫌を面(おもて)に出したり、威厳を示そうとあくせくしている、その瞬間も、役職に応じた報酬が支払われている。
 
本来、メンバーがタイミングをうかがう必要があるのは、「先約の誰かと話し中」か、「公式の休憩時間中」だけだ。
 
それ以外で、話しかけづらい雰囲気を出すなどというのは、「勤務時間中に居眠りをしている」のと同じかそれ以上に、「仕事をしていない」。
居眠りは笑い・あざけりを買えば済むが、上位者がイライラすることは全体の生産性を下げるからだ。
 
 
「自分の機嫌くらい自分で取りなさい」 という名言がある。
 
情緒を安定させること、表情や態度を自分で管理することは、「優れたリーダーの5つの特長」などでは決してなく、「リーダーとしての最低限の義務」だ。
 
真剣さを伝えるつもりで、苛立ちや激高をおもてに出す。自分も大変だとわかってもらおうと、悲壮感を漂わせる。

メンバーからみれば滑稽のきわみだ。 「イタい上司」としか思われてない。まちがっても尊敬などされてない。
それなのに勘違いしてしまうのは、「リーダー=なにか偉い存在である」という思い込み、上の世代からのすり込みのためだ。
 
人格や身分の上下が存在するわけではなく、単なる機能(記号)に給料が余分に払われているだけですよ、という基本的なメカニズムを理解できていないからだ。

■へらへらの効用

 
「機嫌よくしておくこと」は、当のリーダーにメリットが多い。「情報が入りやすいようにしておくこと」とイコールだからだ。
 
情報はつねに、精度よりも数だ。正しさよりもバリエーションだ。
相談で、情報の正確さを必須条件にするのは、大きなマイナスだ。「予測が外れたじゃないか!」と不機嫌になる、詰問するのはさらにマイナスだ。

メンバーが相談に来るのは、情報(判断材料)がいくつか欠けているか、選択肢の中から決めてほしいか、結果責任を取ってほしいからだ。
情報に正確さを求めて、「これじゃ判断できないぞ」「本当に確かだな?」などと言う。先延ばしにする(保留する)のなら、「じゃああんたは要らないよ」と思われているだろう。 
以後、二度と相談に来なくなる。
 
身体が一つしかないリーダーにとって、情報は血液に等しい。ヘモグロビンであり、栄養であり、酸素だ。
情報が入ってこないことは、自分の命を縮めることだ。
 
メンバーはリーダーがいなくてもメンバーたりえる。
リーダーはメンバーがいなければリーダーたりえない。
単純な原理だ。
 
リーダーは、「へらへら」しておくこと。二枚目半か、三枚目のあいだぐらいでちょうど良い。
 
へらへらしていると非難され、深刻にしているほうがそれらしく見えるのは、単なる勉強不足だ。
リーダーは、なにしろ、機嫌よくしていたほうがいい―。

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何年か前のあるとき、メンバーの一人とそんなテーマの会話になり、質問され、意見を聞き、意見を言う機会があった。
 
「takuyamaさんは昔からできてました?」
 
と尋ねられ、
 
「まさか。まったくできてなかったし、いま現在も練習中ですよ」
 
と、しかたないから正直に答えた。
 
 
(つづく)

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