Tomoko

企画職の傍らフリーライター・編集として駆け出した女です。 2回の稽留流産を経験し不育症…

Tomoko

企画職の傍らフリーライター・編集として駆け出した女です。 2回の稽留流産を経験し不育症の診断・治療後、無痛分娩で長男を出産。今どこかで同じようにつらい思いを抱える誰かに、読んでもらえたら嬉しいです。 アラフォーと呼ぶにはまだ早い。都内在住。

最近の記事

【1度目の妊娠と流産③】人生で一番悲しい日

流産の診断に至るまでについて書き進めていこうと思うが、やはり当時を思い出す作業は胸が苦しくなる。脳みそが働くのをやめたがり、鼻の奥がツンとしてくる。キーボードのタイプってこんなに重かったっけ。 でも、流産は悲しいけれど起きてしまうこと。それを少しでも知ってほしいから、文字にしていきたい。 当時のわたしがそのことを知っていれば、幾分か傷は浅かったと思うしなぐさめのひとつにはなったと思う。 悲しみをひけらかすつもりまったくないが、一部感情の吐露のようになってしまっていることを断

    • 【1度目の妊娠と流産②】短かったけれど感動的だった妊婦生活

      産婦人科医からの「おめでとうございます」の言葉はとてもわたしを安心させてくれた。 今までに感じたことのない喜びを味わいながら、やっと訪れた妊活の終わりにほっとした気持ちも大きかった。 数週間後、小さな鼓動が止まってしまうとは夢にも思わず、これから訪れるであろう新しい生活に思いを馳せまくっていた。 1. 夫からのプレゼント産婦人科で妊娠が判定された翌日、夫が花を贈ってくれた。わたしの好きな色を詰め込んだNicolai Bergmann。 ちょっとぎこちなく、照れを噛み殺しなが

      • 【1度目の妊娠と流産①】夏の終わりにやってきた命

        わたしが初めて妊娠できたのは、2018年の夏。当時34歳。 何度か夫婦で子どもをもつか否かの話し合いを繰り返し、高齢出産に該当する35歳を意識して妊活を始めた。 (夫婦間での子どもに対する価値観については、また改めて文字にしたいと思う) この記事では、初めて妊娠できたときの思いについて書いた。 3年近く経った今でもありありと思い出すことができる。時間がかかったが文字にしようと思えるようになった。 わたしの人生の中ではこれ以上つらいことはなかったので、時間の癒やしが必要だった

        • 「流産率15%」そんなこと知らなかった

          わたしがなぜ自分の不育症経験について書こうと思ったのか。 それは、流産率の高さや不育症の存在が世の中に知られていないと感じたから。 流産の確率は全妊娠のうち15%。7人に1人の女性が直面している。(厚生労働省調査班)。 7人に1人。割と当たり前に起きてしまうことではないだろうか。 わたしは過去2回の流産を経験し、その後不育症と診断された。 初めての流産の後、数日泣き続けようやく冷静を取り戻し始めた頃、どうしてわたしは流産率の高さを知らなかったのか、今までなぜ知る機会がな

        【1度目の妊娠と流産③】人生で一番悲しい日

        • 【1度目の妊娠と流産②】短かったけれど感動的だった妊婦生活

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          流産・不育症を経て

          はじめまして。ご訪問ありがとうございます。 このアカウントでは、わたし自身の流産経験やその後不育症と診断されたことをメインに記していこうと思います。 まずは自己紹介を。 本業は企画職の会社員で、最近フリーの編集・ライターとして駆け出した女です。 現在37歳、アラフォーと呼ぶにはまだ早い、とあらがっております。 夫と0歳7か月の息子と都内在住です。 2度の流産を経て幸いにも息子を出産することができ、ようやく流産・不育の悲しみが癒されつつあります。 今どこかで、同じように流

          流産・不育症を経て