【日記】R060103 プラットフォームとコミュニティ

 二〇二四年がはじまった。
 二〇二三年に起こった出来事の内で印象的だったのは、よく行く大型書店で入口からすぐのエリアに家具が置かれるようになったことだ。店舗の面積が広くなったわけではないから、もともと置かれていた本棚たちを片づけて、その場所に椅子やテーブルを置いていることになる。かつてDVDレンタル屋として営業していたゲオが、スーパーのように食品や日用品を販売するようになったことを思い出させる変化だった。アマゾンやネトフリやユーネクストのような動画配信サブスクがしのぎを削りあっているさなか、レンタルDVD屋が商売を続けられるとはたぶん誰も思っていない。書店も同じ運命を辿ることになるのだろう。

 ここ十年あまりで起こったこうした一連の変化を要約するなら、書店やレンタルDVD屋が、インターネットを通じた配信や通販のサービスと並ぶような、一個のプラットフォームとして相対化されたのだと言えそうだ。一端そうなってしまえば、それらは、ただたんに不便で不合理なプラットフォームでありサービスであるのにすぎない。
 ここで「相対化」という言い回しをしたのは、それ以前には書店やレンタルDVD屋を「プラットフォーム」として捉える視線そのものが根付いていなかったからだ。それらは、世にある多くの「コンテンツ」(という捉え方もおそらく昔はしなかった)が選別された上で合流する場所としてあった。ネット上に存在していてそこにたどり着かないようなコンテンツは、その二軍、またはそのなり損ないに留まるのにすぎなかった。けれども、いまでは、こうした前提も消失しつつある。
 たとえば、プラットフォームが異なればそこに最適化されたコンテンツの形式も異なり、その違いを分かりやすく象徴するのはネット小説にしばしば見られる説明的で長いタイトルである。もともとは「小説家になろう」等の表現のプラットフォームに最適化されたタイトルの形式だったが、現在では小説にとどまらず、映画やマンガを含めて、さまざまなコンテンツで採用されている。これを可能ならしめしている構図は、昔のようなプロとアマチュアとの住み分け的関係の延長にあるものではない。

 ところで、さいきん私が疑問に思っているのは、こうした「プラットフォーム」というのが「コミュニティ」とどう違うのかというのかということである。もちろん、違うことはあきらかだ。
 けれども、たとえば、もしある人がネット小説によくあるような説明的なタイトルや改行の多用を軽蔑していて、古きよき小説作法を愛していたならば、その好悪の感情をざっくり言葉にするときには、「小説家になろうなんてクソだ!」という言い回しをしてしまいがちなのではないだろうか。このとき、プラットフォームとコミュニティの違いがあきらかであることを踏まえて、「いやいや、小説家になろうはプラットフォームにすぎないんだから、あなたが好きな小説作法に則った小説が書けないわけじゃない。それに則ってくれない書き手連中が嫌いだからって、プラットフォームを叩くのは筋違いでしょ」と、その人を指摘するのは野暮なことと思われるだろう。なぜなら、相手の方も「そんなことは分かってるよ」と思っているからだ。
 けれども、なにが分かっているのだろうか? たとえば、旗や歌がある共同体を象徴することはありうることだ。旗と共同体はそれぞれ異なるが、旗を腐せばその共同体を腐すことができる。プラットフォームとコミュニティは、旗と共同体のようなものだろうか? もちろん違う。プラットフォームとコミュニティの間に成りたっている関係は、それと同じ種類のものではない。それとは異なる仕方で、プラットフォームがコミュニティとは異なることが自明視され、同時に同じであることが自明視されている。

 この混乱には、おそらく、私たちの惰性がはたらいている。文学や思想は、これまで長い時間をかけて個と共同体について考えてきていて、膨大な蓄積があるので、それに慣れていると、どんなことでも「個と共同体」の対決の構図に似せて考えてしまいがちなのだ。しかし、おそらくそれとは違う種類の関係が、私たち個人とプラットフォーム間に成り立っている。私見では、プラットフォームは、コミュニティというよりも、コミュニティ同士の関係をその背後から調整するような装置としてある。もしかしたら、それは個が共同体に属したり距離を取ったりするような仕方で、向き合うことがそもそも難しいものであるのかもしれない。
 書き手として尊敬している人間が、Xをやっている内にその人らしからぬおかしな発言がだんだん増えていき、いったいどうしてこんなことになってしまったのか疑問に思った経験を持つ人は、少なくないだろう。その理由も、(承認欲求に基づくアテンションエコノミーが云々という話よりも)たぶんこのあたりにある。

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