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武重謙 ヒグマ猟記6「1月に入りエゾシカ猟」後編

この日は、新しい足跡を見つけ、それを追跡することになった。1番好きな猟である。2頭群れ。感覚的には3頭くらいの群れが追いやすいと思っているが、2頭も悪くない。1頭単独だと逃げ足が速く、失敗する確率が上がる。

小一時間も追跡するとシカに追いついた。双眼鏡で観察すると前歯で樹皮を食んでいる。2頭のシカが向こうを向いた瞬間を見計らって、距離を詰めていく。しかしある程度まで近寄ったところで、シカが完全にこちらを向く形で木の枝を噛み始めた。こちらはしゃがんで耐える。隠れているわけではないが、動かなければ意外とバレないものである。バレないが、いくら待ってもシカは動かず、こちらも動けず、じりじりとした30分ほどを過ごした。本当にシカが多い場所ではあるが、悟られてピーピー鳴きながら逃げていくと、周囲にいる他のシカの緊張感が高まってしまい、チャンスが減る。最初に出会った獲物をしっかり獲ることが重要だ。

その後も、少し隙を見つけてはジワジワと距離を詰め、なんとか自信を持って撃てる場所までやってきた。この時期の猟はスキーのストックで依託射撃ができるので、撃ちやすい。

スコープを覗き、シカが良い感じに身体の側面を見せてくれるのを待つ。
シカがトットットッと3歩歩いて、胸を見せた。発砲。シカはその場に倒れ、もう1頭は一目散に駆けていく。安心すると同時に、寒さで全身が心から震える。氷点下10度前後となる、この時期に30分も動かずに過ごすと寒さで身体が固まってしまう。帽子の上には雪が積もり、手も感覚がない。

鉄砲に弾が入っていないことを確認し、歩み寄る。しばらく足をバタつかせていたが、到着する頃には事切れていた。それを見て安心する。そして鉄砲にカバーをかけてしまう。この瞬間が本当に好きだ。

重く、雪に沈んだシカはもはや動かすことはできないので、その場で体勢だけ整え、解体していく。近くの木にロープを張り、バラした手足を吊していく。寒風にさらされて、みるみる乾いていく。美味しく食うぞォ、と食い意地に突き動かされながら解体する。ほとんどの部位が活かされる。最後に残るのは皮と背骨と頭。それに足先くらいのものだ。

毛皮を鞣して使うことも考えるのだが、まだ実現できていない。下手なりに簡単な革細工はできるのだが、やや腰が重く、至らない点の1つである。
ザックに括り付けてあったソリに肉を載せ、引いて帰る。

この重さが、獲物の証であり、この重さこそが喜びの大きさである。

しかし……この感情をどう語ったら良いのだろう。とても慎重に表現しなければならない。

こういうエゾシカ猟もおもしろい。たしかな糧となる実感も得られる。食材を自分で狩るという、原始的喜びに満ちている。獲物を見つけ、忍び寄り、1発で仕留める。その緊張感や責任は重いものがある。

しかし、まだ姿を見ることさえ叶わない、ヒグマを探したあの日々に感じた興奮はない。

猟期の真っ只中なのに、すでに次の猟期を、次の秋を待ち焦がれていた。

オスジカの角にこだわりがあるタイプではないが、それでもオスが獲れるとちょっとワクワクする気持ちはある。実際には肉質的にメスの方を狙って獲ることが多い

Profile
武重 謙(たけしげ・けん)
1982年、千葉県出身。自営業。システムエンジニアを8年勤めたあと退職。海外を2年間放浪後に神奈川県箱根町に宿泊施設を開業し、その傍らで狩猟を始める。2019年に北海道稚内市へ移住し、宿泊施設「稚内ゲストハウス モシリパ」をリニューアル開業。単独で大物を狙う忍び猟を好む。小説の執筆も行い、池内祥三文学奨励賞(2012年)を受賞。著書に『山のクジラを獲りたくて――単独忍び猟記』(山と溪谷社)がある
ブログ「山のクジラを獲りたくて」https://yamanokujira.com/
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