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武重謙 ヒグマ猟記6「1月に入りエゾシカ猟」前編

寒波が来て、山が雪に埋まった。
春が来るまで土を見ることはないだろう。

それでもしばらくはヒグマの痕跡を探していた。冬眠穴を見つけ損なったやつが、寝床を目指して歩いている痕跡があれば、と思った。しかし、山を歩き回ることじつに1週間は過ぎて、それでもヒグマの痕跡を見つけることができず、ヒグマの冬眠を確信した。

ヒグマの冬眠と同時に、ヒグマ猟は終わる。穴熊猟といって、冬眠穴をピンポイントで狙う猟法もあるが、それをするには穴の場所も知らなければならず、その方法も噂レベルでしか知らなかった。法律的にヒグマの猟期は1月末に終わるため、冬眠明けを狙うこともできず、やはり冬眠と共にヒグマ猟のシーズンが終わる。

冬眠を確信してからというものの、山に行く気がしなかった。
暇さえあれば山に通い続け、東へ西へと這いずり回り、空き時間の大半を山で過ごした。本業として、宿泊施設を経営しているが、夏が繁忙期で、冬は閑散期である。基本的に宿は閉めてしまい、常連や団体客、地域のイベントの日など、日を選んで開けるだけにしていた。それもあって、週の半分——あるいはもっと山に行ける生活だった。それなのに、ヒグマの姿を見ることも叶わず、ようやく見つけた新しい足跡を追うものの、藪が怖くて入れないという体たらく。本当に有意義に過ごせたシーズンだっただろうか、と落ち込んだ。
ヒグマが冬眠した今、山に行く意味なんてない——。
そう思うほどだった。

年末年始、世間が休みになるとハンターも増えるので、出猟を控えて、代わりに宿を開けて仕事をすることにした。正月を終わり世間が仕事に戻る頃、ようやく気持ちが静まってきて、「シカ撃ちでもするか」という気持ちが湧いてきた。ヒグマを探しているときは、シカがいても撃たない。撃てば解体と回収に時間を取られるので、ヒグマを探す時間がなくなってしまう。自宅の肉保管専用の冷凍庫もガラガラになっていた。

新雪で、1メートル以上積もっていると、つぼ足で歩くのはあまりに効率が悪い。かといって車で猟場を回る流し猟は自分のスタイルではない。そこで北海道に来てからは積雪期の猟はゾンメルスキーを使っている。ゾンメルスキーとは滑走面にアザラシの毛皮を貼り、前には進むが、後ろには進みにくいという特性を持っている。これにより、ちょっとした傾斜ならばグイグイと登っていくことができる。じつはスキー自体がほとんど未経験で、ゾンメルスキーを使い始めた年は、日に何度も転びながらシカを撃っていたが、最近は転ぶこともなくなった。

物置からゾンメルスキーを出してきて、車に積み込む。
「明日は、シカ獲ってくるから——」
そう宣言して、山に行った。去年までの経験から、積雪期のシカの付き場は分かっている。

山の上にはほとんどおらず、ほとんどのシカが平地で過ごす。エサとなる樹木や笹があり、最後に川が凍る場所に居着くようだ。わたしが気に入っている猟場はまさにそういう場所で、年が明けても、まだ川の一部が凍らずに残っていることがあり、ぎりぎりまで飲み水を確保できるようだ。それもすぐに凍ってしまうが、どういうわけか、春が来るまで、そのあたりで過ごすらしい。

その場所までスキーで1時間半ほどかかる。
前半はグイグイとスキーを滑らせて進んでいく。付き場についても景色が変わるわけではない。知らなければ、そこがシカの付き場であることは分からないだろう。ただ、明らかに足跡の数が増える。

獲り方は主に2つ。新しい足跡があるならば、それを追跡する。地形的な隠れ場所の少ない場所なので、木の陰や、ちょっとした雪の吹きだまりに身を隠しながら追跡する。

またはいきなり獲物を見つけてしまうこともある。多くの場合は遠くて射程外なので、やはり身を隠しながら近寄っていくようなスタイルになる。

入り組んだ山の中と違い、出会っていきなり撃てるという場面は少なく、忍び寄るという行程がより重要になるように感じている。身を隠せる場所がないので、「ぼくは木だ。ぼくは木だ」と念じながら、ゆっくり近付くしかないこともある。それはそれで猟としてはおもしろい。むしろおもしろい。

焚火が嬉しい季節となる。
時間的に効率が悪いとは思うが、暖もとれるし、料理もできるし、雪を溶かして飲み水を作ることもできる

▶︎後編へ続く

Profile
武重 謙(たけしげ・けん)
1982年、千葉県出身。自営業。システムエンジニアを8年勤めたあと退職。海外を2年間放浪後に神奈川県箱根町に宿泊施設を開業し、その傍らで狩猟を始める。2019年に北海道稚内市へ移住し、宿泊施設「稚内ゲストハウス モシリパ」をリニューアル開業。単独で大物を狙う忍び猟を好む。小説の執筆も行い、池内祥三文学奨励賞(2012年)を受賞。著書に『山のクジラを獲りたくて――単独忍び猟記』(山と溪谷社)がある
ブログ「山のクジラを獲りたくて」https://yamanokujira.com/
ツイッター @yamakuji_jp


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