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多様性の時代だから

「今は多様性の時代だからね」

そういう夫の声は低く、静かで、穏やかだ。
それはこの場に最も相応しい。相応しい、音質と音量だ。

この場とは個人経営の喫茶店である。
都内の裏路地に40年余りの、照明は薄暗く、静謐という言葉がぴったりだ。
隣には、年配のご夫婦が食事後の余韻を楽しむべく読書に勤しみ、前の席では外国の若いカップルが英語で絶え間なく会話をしている。BGMすら流れていないので、その話し声は店中に響くが、不快では無い。
そして私達は、3歳の子供に消音モードにした携帯を渡し、アプリゲームをさせている。

私達は最もこの場にそぐわない客だ。
いや、そもそもこの喫茶店に行き着くまでも、私達はそぐわない客だった。

電車は静かに、騒がず、座席には立たないように。
そんな簡単なルールさえ、3歳になりたての我が子に守らせるのは難しい。

だから私達は、子供がいても周りに馴染むように、細心の注意を払って行動する。

本来なら、ここに来る客では無いのだと思う。
けれど、子供が生まれる前から贔屓にしていたこの店に子供が大きくなるまで行かないというのは夫婦ともに耐えられなかった。
マスターも子連れを快く許してくれたが、それでも他のお客さんに気兼ねして、月一回の贅沢と我が家では決めていた。

そんな店で、注文したものが届くのを待つ間、暇つぶしに私は最近あった出来事を話し始める。勿論、音量は抑えて。

「みかさんがね、最近お隣にまた生活音がうるさいって言われたらしいの」

みかさんとは、私のママ友だ。
息子と一ヶ月違いの子供と、小学生のお兄ちゃんがいる。そして、今度赤ちゃんが生まれる。
そんな家庭環境だが、お隣の年配のご夫婦に、歩く音が煩く、このままにしておくと大ごとにする必要がある、と言われてるのだ。

『早朝とか、夜中の話じゃ無いのよ。昼間や夕方にうるさいっていうの。でもねぇ…小学生のお兄ちゃんは静かに歩けても、3歳の子に家の中まで静かにしろっていうのはね…』

そう、溜息をつく顔は、同じく子育てする私にとって、同情し、憤って当然のものだった。
お隣は子無し-つまり、DINKSと呼ばれる世帯グループに所属してる。
その人達が、当然とばかりに自分たちのルールを押し付けてくる。
私は、最近読んだnoteの影響もあり、夫に言う。

「日本は社会人男性に最適化されるように作られてるよ。
子育てしてはいけないと言ってるようなもんだよ。それに、なんで子供が我慢するの?お隣さんの方がその時間帯いないとか、工夫するべきなんじゃない?」

最適化された側の人間である夫に、今や社会的弱者になった母の私は憤りを込めて言葉を投げつける。
その夫は、対して気にも止めず私の言葉に頷ずき、低く、静かに、穏やかに話し始める。

「今は多様性の時代だからね」
「どう言う意味?」
「今は、ゲイのカップルが主役のドラマが受け入れられたり、子育てしてる人も簡単に声を上げれるようになったよね。
でも一方で、明石家さんまが美女vs.ブス女芸人っていうテーマで堂々として番組を作ってたりする」
「あれは酷いよ。女性の容姿を笑い者にするなんて」
「うん。でも、彼はずっとアレをやってて、アレで芸人のトップまで上り詰めた人なんだ。
今、時代が違うからと言って、彼には変えられないと思う」
「えーと…つまり、批判の声を全て受け入れる必要はないってこと?」
「そう思うよ。本当に、日本が多様性の社会になろうとするならば、批判の声をすべて受け入れるんじゃなくて、変えられないという声もあるという事を認めるべきだと、僕は思う」

例えば、この喫茶店。
前にいる外国人のカップルに、日本語で話せと強制したら。
隣にいる年配の夫婦が、子供が煩わしいから出て行けと言われたら。
私達が、子供に騒ぐ走り回るのを許したら。

その瞬間、この店は私が好きな静謐な喫茶店では無くなる。消え失せる。違うものになってしまう。

今、カップルも、年配のご夫婦も、私達も気兼ねなくこの時間を楽しむことができているのは、お互いが違うという多様性を認め合っているからだ。
そうして成り立っている。


***

子供と一緒に外出するのは大変だ。

静かにさせないといけない。
走らせてはいけない。

それは、3歳児の発達にはそぐわない要求だ。
いつもいつも、そんなルールに従っている。

もっと自由にのびのびと子育てしたい。

日本社会に最適化されている人々は、私達母親の要求を飲むべきで、反対意見を述べてくるのは敵対心を持ってもいい。

例えば、みかさんのお隣さんのように。

確かにそうだ。
ある意味では、そうしていかなければ、子育てなんてとてもできない。
けれど、当然反対意見もある。
その意見に対して闇雲に敵対心を抱くのではなく、そういう意見もあるよね、と柔軟に受け入れられたら。
そして、お隣さんも、子育てしている世帯に対し、少しでも理解を示す努力ができたなら。

もしかしたら、みかさんとお隣さんは、こんなに拗れなくても済んだ、かもしれない。


***

「おまたせしました」
店員が注文したホットサンドと珈琲をテーブルに置く。何も言っていないのに、子供用のお皿とフォークも添えて。

「おいしそー!」
子供がはしゃいだ声を上げ、それが店内に響く。
が、それをとがめる人はここにはいない。

前にはおしゃべりを楽しむ外国人のカップル。
隣には年配のご夫婦。
そして、子連れの私達。

それぞれが違う世帯が、マスターの淹れる珈琲を同じく楽しみ、束の間の時を過ごす。静かに、穏やかに、時は過ぎていく。

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