【I T時代の現代哲学】スティグレール(2)
引き続き取り上げるのは、技術に関する哲学の世界的権威で、IT時代の哲学のスターであるベルナール・スティグレールの著作「偶有からの哲学」の第4章です。
1章から3章までは、技術についての話題でした。
現代の技術は、時間的な対象(音楽や動画など)を製品化することを可能にしました。
人間の意識の本質は、流れること、時間性にあります。
現代の産業は、例えば人をC Mに釘付けにすることによって、意識の本質である時間の流れをコントロールするようになりました。
その結果、産業は人間の意識を搾取できるようになったのです。
今回は、その続きです。
特異性と特殊性
特異性と特殊性という重要な概念を理解する必要があります(p134−135)。
特異性は、in-dividual、つまり、分割できない、計量できない、ということを意味します。
人間それぞれの個性のようなものです。
特殊性は、これとは異なり、分割可能なものです。
例えば、人間をマーケティング視点で分析するとき、人間はニーズの束として認識され、その行動は、プロファイリング可能なリスト内の項目の一つに還元されてしまいます。
この時、人間は特殊な存在となっています。
固有ではない性質の寄せ集めです。
特異性の危機
今日、情報技術の発展により、画一化が進行しています(p140)。
交通手段はもとより、通信技術は大きく進歩し、インターネットを使えば、あらゆるものと繋がることができます。
完全に孤立した地域というものは、ほとんどなくなってしまい、世界は画一的なインフラの元で繋がるようになりました。
このことは、論理的に特異性を失わせるでしょうか?
答えはNoです。
画一化が進むことで、個人は、特異性を今までにはない新しい道筋をとおして確固たるものにできるようになったのです(p140)。
インフルエンサーは、この典型例ですよね。
個人が、世界中に個性を発信できるようになりました。
他方、現実的にはどうなのでしょうか?
画一化により、特異性は損なわれないのでしょうか?
答えはnoです。
特異性は危機に瀕しています。
なぜなら、世界は、二極化しているからです。
一方には、文化的に恵まれ、自らの特異性を育む環境にいる少数の人たちがいます。
他方、「団地病」とも表現される環境にいる人たちも大勢います。
「仕事があるにしても、往々にして非常に非人間的な労働条件。住居と商店、商店と労働などなどの分離に至った機能的都市計画の成果である、完全に構造を失った都市環境。文字通り住めない地帯に住む人々」がいます(p147−148)。
これらの人々は、スーパーマーケットや広告主、選択消費財の販売業者、高利の融資を行う銀行などなどにしてみれば、もってこいのターゲットです。
なぜなら、彼らは特異性を失い、彼らのニーズの束は、マーケットが提供するニーズに還元できてしまうからです。
これらの人々にとっては、技術がもたらした意識の時間の搾取、画一化は、恐るべき破壊力を持って迫ります。
その結果、彼らは特異性を失い、特殊な存在、欲しいものがマーケットのニーズの束として表現できてしまう存在になってしまうのです。
現代の科学
現代の科学は、産業革命以前の科学とは全く異なります。
以前の科学は、事物の存在、つまり事物の恒常性、本質、安定性を言い表すことを理想としていました(p160)。
いわば、世界の本質を、描き出すものでした(p166)。
しかし、今日の科学は、技術と一体化し、事物の生成変化の可能性を探ろうとするものに変化しています(p160)。
いわば、世界に、新たな可能事を書き込むものとなったのです(p166)。
今までの、形而上学的な考え方、つまり、ものごとの背後には何か真理があって、それを描き出すという哲学は今日では通用しません。
精神と物質との対立、イデアの世界と現実との対立関係を捨て、それらの対立を統一し、新たにものごとを作り出していくことに目を向ける哲学、技術の哲学を構築していく必要があります。
まとめ
現代の技術により、産業は人間の意識の時間をコントロールすることが可能になりました。
自然科学も、世界を受動的に描写するものではなく、能動的に、世界を書き込んでいくものになりました。
このような現代において、技術を無視した古い哲学は、もはや存在できません。
しかし、依然として、何かを受動的に書き写し、本質を見つけることが大切だと考えている人は、大勢います(特に教育界)。
教育も、少しずつですが、プレゼン能力やプログラミング能力が重視されるようになってきました。
現代を生き残るには、技術を制し、自分の特異性を発信するとともに、科学技術を使って、新しく世界に書き込んでいく必要があります。
技術の時代の大哲学者、スティグレールから学べることはつきません!
これで、「偶有性からの哲学」はおしまいです。
お読みいただき、ありがとうございました。
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