ニッチなエッジをきかせて
「うぃーす」
マキノさんは少し遅れて来て、
「こんにちはー」
と私や、リョージさんやヨーコさんが返す。「よぉ、マキノ先生」
トウゾウ先生は片手を挙げて。
土曜の午後のロクロ教室はベテラン勢ばかりで、一人で湯呑みくらいはひける方たち、落ち着いて作陶を思い思いに愉しむ方たち。
陶芸家のトウゾウ先生も、生徒さんたちではなく「リョージ先生」「ヨーコ先生」「マキノ先生」と呼ぶ。
私にだって「シュー先生」と。
前回ひいた器たちの「削り」をしていく。
器の下半身をキメる、重要な作業。
器の底を決め、「高台」を作る作業。
丁寧に深さや厚みを見て、慎重に、気がつけば無言になって、集中して削っていく。
クルクルとまわる電動ロクロ、
シュルシュルとうまれる削りかす。
コーディネートで言えば、ボトムスや靴。
シュッとオシャレにしたり、清楚にキチンとまとめたり。
器の個性に合わせて。
「ソロバン型はな、せっかくこうなら、ここは削らずに、こことここをな…」
トウゾウ先生の手にかかると、たとえば花柄ワンピがよりいっそうの華やかさを醸すようになる。ほんの一ミリにも満たない削りで、器の表情が変わるのだ。色気が出る。
ニッチなエッジが効いている。
「おー、いい、いい。
これはもう、ほんの三ミリ内側だと、釉薬 もたまらず、おさまりも。どーや?」
確かに。
ほんの三ミリ内側、それだけで、スンと気高く、とても上品なシルエット。
「いいですね」
全開にした窓からは、五月の風が心地よく。
シュルシュルと、ロクロの回転がそれぞれに。
住む場所も、普段の生活も生業も、年代も、全くそれぞれな先生たち。
その一人の「シュー先生」でいることが、
そのさっぱりとした清々しさが、とてつもなく心地いい。
休憩時間に紙コップで、インスタントのホットコーヒーを飲みながら、
「日本酒は飲まれますか?」
など、白髪のリョージ先生と交わす談笑に、
「ほんの数ミリの試飲だけなのよ」
と笑うヨーコ先生。歳の重ね方を学ぶ。
「聴いてよ」
と、スマホで流す謡曲(それは酒蔵の杜氏さんの唄う美声)に、
「すばらしいでしょ」
と、マキノ先生はときめいて。
素敵な盃をつくりましょうか、と土を練る。
チリリンと、表の風鈴が気まぐれに鳴り、
奥深い大人の遊び場に風が薫る。
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