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うつわのおはなし ~その1. 私の中の有田焼~

私は大の うつわ好きです。

うつわは、”美” を眺める幸せと、それを使う 贅沢感を与えてくれます。
手のひらや 心に、ほっこりと温もりも与えてくれます。

美しさと 機能と やさしさを兼ね備えた うつわについて、少しず書いてみたいと思い立ちました。

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うつわと言えば やきもの。
やきものと言えば。。

日本には 、京都の清水焼、石川県の九谷焼、岡山県の備前焼など、素敵なやきものがたくさんあります。
その中でも 私のイチバンは、「有田焼」です。

いつの頃からか、有田焼の虜になりました。

自己紹介代わりに、”私にとっての有田焼について”  から始めてみます。


有田焼を愛する理由

有田焼に魅せられる理由は何なのだろうと、自分でも不思議になることがありました。

有田焼の“白”(白磁)の透明感には うっとりします。

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繊細な絵付けも美しく魅力的です。

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有田の美しいうつわで お食事をいただくと、舌も目も心も喜びます。
美味しさが倍増してしあわせ気分になれます。

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でもそれだけでは収まらない、すーっと吸い込まれていくような感覚は、いったいどこから生まれるのだろう。
それが見つかった瞬間がありました。

3年くらい前に、心理療法の一種、「コラージュ療法」のワークショップを受講した時のことです。

雑誌から 美しいうつわや花々の写真を切り抜いて ペタペタと貼りながら、
私は有田焼に、“凛として儚い” というイメージを持っていることに気づきました。

凛としているだけでも 儚いだけでもなく、その両方を併せ持っている(と感じる)ものに、どうやら私は惹かれるようです。

さくらの花にも 同じ理由で惹かれます。
それをどのくらい深く感じるかが、私の中での 桜と花と他の花の違いであり、有田焼と他のやきものとの違いかもしれません。

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ちなみに、うつわ そのものの凛とした姿や 儚さについては、東京藝術大学 名誉教授 三田村先生のご著書で うつわの語源のくだりを読んだときにも感じました。

私は以前、器=UTUHAの語源は、UTUTU=現=現実にあるものとUTURO=虚=無いものの二つの世界がせめぎ合い、構成されたものと発表したことがあります。
― 三田村有純 著『お箸の秘密』より ―

前後の文章と併せて読むと、“器の語源は、現実と虚の世界を 結び合わせた もの” とおっしゃっているのだと思います。
現実に目の前にあるものと、虚ろな世界との繋がり。

語源は他にも説があるようですが、私はこの語源を信じたいと思いました。


有田旅行

私はここ数年の間に 何度か佐賀県の有田町へ赴き、ひたすら窯元やショップをめぐるという小旅行をしてきました。
つい先日も、行ってきたばかりです。

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有田焼が 好きすぎて、有田の町全体に恋をしているようです。

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歴史を感じるのどかな町並み、
うっとりするようなうつわの数々、
地元の方々のあたたかさ、
ゆったりと流れる時。

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穏やかな空気の中には、有田焼400年の歴史を背負った方々の熱意やプライドが、静かに漂っているように感じます。

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いつもお世話になっている民泊施設も、町家をリノベーションしていて とっても素敵です。

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有田旅行の思い出は 書き出すと、とてもとても長くなりそうなので、またいつか。

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次回は、数年前の有田旅行を機に知ることになった、有田焼の誕生について書いてみたいと思います。~

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