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甘いパルファム

さらりと小耳に挟んだ話が、なんだか小気味よく聞こえて、思わず聞き耳をたてる。
少し官能的な香りが鼻先をかすめる。

ふふふ。

こそばゆく密やかなお話をしたあと、一言、
笑みを浮かべて言い置き、路地へと消えていった。

たしかこっちの方へ…、と何となく後を追ってみる。ほどよく人通りのある、下町のような、どこか懐かしいような景色。近所にあるスーパーや、きっと夜にはにぎわうだろう飲み屋や、分厚いドアから窺える雰囲気の良さそうなバー。
赤い傘をさした、わけありそうな男女とすれ違い、ふわりと香ったのはやはり、あの香り。

この香り…。
そう思うと同時に、聞こえた気がした。
またあの言葉。
ハッと振り返っても、誰もおらず、街はさきほどと変わらない景色だ。

と、いそいそと買い物帰りの奥さんが、脇の家へと入っていく。通りに面した窓があいていて、夕飯の支度をしようと、冷蔵庫を開けるのが見えた。
旨そうに味付け肉をこんがり焼きながら、ビールをグビっと飲む主婦は、その料理などを美味しそうに写真を撮っている。

白いかわいい犬が、シッポをふりふりそばにいて
「お手」「おかわりですか?」「なんのはなしですか?」「おかわりです」といそいそとその前足をちょこまか、おかわりをしていた。

そっか、もうこんな時間か。

気がつけばとっぷり日がくれて、夜道を急ぐ。
すれ違う人は足早に家路へと急ぐ。

ん?家路?

どこへ向かっているのか。
私も?いや、え、誰もが?

今日はなんだか疲れた日だった。変な電話もかかってきたし。思わず電話口に
「#なんのはなしですか!」と食ってかかったんだった。

え。

はっ!!


なんのはなしですか?あの言葉。


私の腕から、あの官能的な香りが少しする。

今人気なno+e街を颯爽と歩く方々がこぞって使っているというパルファム。

‘nahnoHANASHI de ska’の、香り。
なんとも不思議で、甘美な香り。

あの、一度で?
あぁ、私ったら。。。

そういえば聞いたことがある。
ふわり、すれ違いざまにあの言葉をささやくヘビを巻いた人がいると。そのささやきはなんとも甘美で、思わずつぶやいてみたくなり、つぶやけば必ず、あのヘビを巻いた人にまた会える、と。

自分の腕の香りをもう一度嗅いでみる。

シトラスのいつものボディソープの香りがする。
景色はいつもの帰り道に戻っていて、近所からは焼き魚の夕飯の匂いがしてきている。
そうだよね。まったくどうかしている。

ささやき声にいざなわれたりなんて、小説じゃあるまいし。no+e街の地図にだって、どこにもそんな界隈書いてないのだし。

え?
太陽フレア??

なに?またコロナ?

ふふふ。

いいかげんにしたらいいわ。
あの一度きりなのよ?そんなの…。


え?通信?そう…そうだったかしら。
ずいぶんとマメなのね。

ふふふ。

ほら。大きな声出すから、
駆けつけて来ちゃうじゃない。


え?だれが?
そうよ、あの人よ。

no+e街の甘いパルファムの香り。
細いスプリットタンがシュルンと、ほら。

そうね、回数の問題じゃないのよね。
ごめんなさい、私、シたわ。

なんのはなしですか

だなんて、しらばっくれてももうダメね。


ねぇ、

帰れなくなっちゃった。



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