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成長しないって約束。

愛くんの部屋は、〝溜まり場〟だった。
底抜けに明るいおばちゃんが階下で八百屋をしていて、「ちわーっす」と友達ツレが行くと、
「いらっしゃい。あいくーーんっ!」
と上へ叫ぶおばちゃん。ぞろぞろと彼らは
「おばちゃん、ラムネもらうねー」
と勝手に売り物の冷蔵庫からラムネを手に、二階へ上がっていく。

愛くんの部屋では、ゲームをして、漫画を読んで、タバコを吸って、エロ本やAVの受け渡しをして、「ヒロスエかわえぇ…」とヤンマガでテンションをあげたり、急に筋トレがはじまって。思春期の男子の、無法地帯(大人にやんや言われんとこ)だった。


六畳一間のその部屋に、私がはじめて入ったのは、とある夏祭りの日だった。
バイクは盗んでいないけど、確かに、悪そうな夜だった。

いつもの友達4人でマァの家に集まって、近所の夏祭りに出かけて。かき氷をつつき、溶かしながら、祭りの人ごみをボヤっと歩きながら、くだらない話で盛り上がりながら。
ミサがイカ焼きについて熱く語っていると、
(いわく、下足やわ、マジで)

「おーいっ、ミサー!」

と声がした。みると、愛くんたち。
彼らもいつもの面子でお祭りに来ていた。

テンションのまま、一緒に花火をしようぜ!と誰かが言い出して、近くのスーパーで花火を買い、愛くんの家の隣の駐車場で、みんなで花火をしたんだった。聖火ランナーになって走り回る男子に、「アホや」と笑いこけて。
いちいちろうそくを消すヤツに、「おいよー!」とツッコんで。

そのまま、楽しいまま、みんなで愛くんの部屋へ上がり込んだのだった。

「おじゃましまーす」
六畳一間に8人くらい。
よくもまぁ。

エロ本をさりげなく隠して、灰皿もそっと脇へ寄せて、起き抜けの布団をササッときれいに整えて。

男の子の部屋だった。
バスケットボールが転がって、漫画が積み上げられて、ゴワゴワとした部屋。

「UNO、UNOしよ!」 
と誰かの発端で、階下から愛くんが缶チューハイを取りに行って、罰ゲーム付のUNOがはじまった。

私は、UNOが弱かった。

結局、ジュースみたいな缶チューハイは、やっぱりお酒で、ふわぁ〜として…。そのまま愛くんのベッドに突っ伏していた。

愛くんのCDコンポからは、エンドレスで
川本真琴の「愛の才能」が流れていた。

愛くんの声や、みんなの笑い声。
時おり揺さぶられる頭は、誰かがベッドに飛び乗ったせい。揺らさないで。

〝成長しないって約束じゃん〟



「…ゅう!柊っ!」

と揺り動かされて起きると、ミサやマァが覗き込んで、空の缶チューハイが何本か転がっていた。

「柊、マァん家帰るよ~」

ん。とか、あぃ。とか言って起き上がる。

すっかり夏祭りは終わっていて、夜中の風がそれでも夏の匂いをしていた。


まだフワフワしていた。

手を繋いでいたマァが、
急に立ち止まって、

ふいにした、キスだった。

「このままちょっとだけ Kiss」

とマァは、イタズラっぽく笑っていた。


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夏の思い出

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