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そんなでも夫婦。

私と夫は、結婚して20年になる。
たぶん、私たち夫婦は「変わっている」。

結婚して最初のころは、きっと「理想の夫婦」を目指していた。ゆえに、とても喧嘩が多かった。やれ、「帰りが遅い」だの「家事をしてくれない」だの「話を聞いてない」だの。今思うと、とてつもなく窮屈な日々だった。

あまりに喧嘩が多く、その度にいろいろと話し合った結果。

私は「普通のことが当たり前に出来ない」し、夫は「何もそんなことは望んではいない」し、「変わった夫婦でいいか」ということに落ち着いた。

私たちは、お互いにあまり干渉しない。
お互いのすることに、口を出したりせず、それぞれ好き勝手している。私は絵を描いたり本を読んだり、夫はゴルフの打ちっぱなしへ行ったり、本を読んだり昼寝をしたりしている。突然、私が、大規模な部屋の模様替えをしたり、DIYで棚を作ったり、メダカを飼いだしたりしても、夫は「おーいいね」と、足の爪を切りながら眺めている。

そして、会話をする、夜一緒にお酒を飲む。

夫は私の10歳年上で、話をしていても、たまに通じない。カラオケへ行っても、選曲が絶妙に古い。人やお店の名前をちっとも覚えないので「あれ」や「あの」がとても多い。それでも、話をしていると楽しい。「あれ」の正体がわかったり、私の知らない「会社」というものが見えたりするのも楽しい。

「遊ぼ!」となれば、一緒に全力で遊ぶ。
子どもたちも交えて、水でっぽうだ、雪合戦だ、バドミントンだ、ドッジボールだ、と。大人げなく遊ぶ。夫はズルい手を使ったり(蛇口に直ホースで水でっぽうと戦ったり)してくるけれど、簡単に負けたりしてくれないから楽しい。オセロは全然勝てない。卓球も。

家計管理は、会社でも経理をする夫がしている。私は、自分の仕事での報酬と、夫からもらう生活費で生活している。足りなくなるほど贅沢もしないし、無駄遣いだと言われそうなものは「カプセルトイ」くらい。こと数字にはめっぽう弱い私にとって、夫のような人がいてくれて本当によかったと思っている。

今では、スキンシップもほとんどない。
かつては「いってらっしゃいのチュー」を、夫婦なのだからするものだ、としていたけれど、なくても全然困らない。
夜は布団を並べて眠る。夫のいびきが気になって、3回くらい蹴る。

たまに、夫が着替えているときに、お腹を
「うぇーい」と触って「冷た!」というスキンシップはしている。お風呂上がりに裸ん坊で目の前をわざと通る「サービス」もする。
独特なスキンシップ。
耳かきもする。私は、夫の耳かきをするのが大好きだ。カサカサで大きいのがとれる。そろそろかな〜と頃合をみて、耳かきを持って迫ると、夫はおとなしく耳を差し出す。

食事は私が作る。けれど、お好み焼きとたこ焼きと、とろろ芋は夫がする。私の作る食事を、「おいしい」とも「まずい」とも言わないけれど、残さず食べるので美味しいのだ。まずくても残さず食べるだろうけれど。

もはやシェアハウスの住人のような私たち。
お互いに一人の時間がほしい者同士、私はジェンダーやセクシャリティーがフワフワしているし、お互い好き勝手に機嫌よく過ごしていて、夫はプロ野球も大相撲もゴルフ中継もゆっくり観れて満足そうだ。

だいぶ「理想の夫婦」とは違うかもしれない。
 
けれど、私が(あるいは夫が)辛くて泣いてしまうようなことがあれば、頭をポンポンとして、ティッシュをそっと出してそばにいる。

この先もきっと。ずっと。

そういう夫婦もある、きっと。

私たちは、そんなでも、夫婦。

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この記事は、よよさんの記事から、フジシューの夫婦感を考えてみました。
夫婦の価値感、それぞれで面白いですね。

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