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史上初のサイバーパンクアンソロ 『ミラーシェード』

を読んでみました。ブルース・スターリング編『ミラーシェード』
世間一般に思われているサイバーパンクのイメージを払拭する、コアofコアなアンソロ。全十二編。

『ガーンズバック連続体』 ウィリアム・ギブスン

この短編はギブスン単独の短編集、『クローム襲撃』でも読むことができます。なので今回再読。一見すると意味不明な話で、大抵の人は混乱すると思います。

主人公は建築物のカタログを作るための写真撮影を依頼されて、ある打ち捨てられたテーマパークへ向かいます。しかしそこで、空飛ぶ車の幻影をみてしまうという物語。

まず、タイトルのガーンズバックとは、アメリカSFの父とされる作家、雑誌編集者ヒューゴー・ガーンズバックのことです。彼は今ではレトロフューチャーと呼ばれるような世界観のSFを発表していた人で、そうですね……ドラえもんの21世紀とか鉄腕アトム的な未来世界といえばわかりますか。

それが、80年代(発表当時の現代)に幻として現れ、あり得たかもしれないもう一つの未来、その不気味な幻影を主人公と読者に見せつけてきます。

ギブスンはサイバーパンクという自らのジャンルさえも、懐かしまれあり得たかもしれない未来として片付けられてしまう可能性をすでに予見していたともいえます。


『スネーク・アイズ』 トム・マドックス

頭の中に機械を埋め込まれた帰還兵の男が、宇宙ステーションの中の療養所で精神の回復のためのリハビリをする話。かな?

『ロック・オン』 パット・キャディガン

シンセサイザ(なんか知ってる楽器と違うけど…)を使って、他人と脳を直結し音楽を演奏する、女性のロッカーが主人公の話。サイバーパンクというのは80年代時点におけるあらゆるカルチャーの闇鍋のような気がしてならない。ロックに関する文章がたくさん。

『フーディニの物語』 ルーディ・ラッカー

フーディニとは実在のマジシャンの名前です。知っているかもしれませんが一応。魔術師フーディニが次々と脱出マジックを繰り返して、生還するという話。これもサイバーパンクなのか? 幅広いぞ。

『ガキはわかっちゃいない』 マーク・レイドロー

トリュフォーの『大人は判ってくれない』をオマージュしたものらしい。崩壊後の世界に残された、ストリートギャングのような少年少女たち。自分達の街に赤子のような姿の巨人が侵略してきて、団結して闘うというもの。進撃の巨人…じゃないけどさ。

『夏至祭』 ジェイムズ・パトリック・ケリー

ドラッグアーティスト(新ドラッグを調合して創っちゃう人)として莫大な富を持つケイジ。自らの無聊を託つため、自分の細胞から娘を作り出し、ともに暮らすことに。やがて彼女はケイジの性質を引き継ぎ、ドラッグにのめりこんでしまう。彼女はケイジの片割れでもあるので、娘の身を案じることで、ケイジ自身が救済されてゆくという話なのかも。ストーンヘンジの話が並行して語られる。

『ペトラ』 グレッグ・ベア

神が死に、妄想が実体化する世界。石でできた人間(ジョジョ8部の岩人間みたいなのかな)と生身の人間が交配とかもしつつ生き延びている世界。もう象徴として読み解くしか術のないファンタジー小説じゃん。神が死んで、人々を結びつける神話が崩壊し、バラバラになった私たちの世界の鏡像が描かれる。ペトラとはギリシャ語で岩を意味する言葉らしい。世界中の神話のなかに石から生まれる人間というエピソードが多くあるそうな。五十嵐大介の漫画、『ペトラ・ゲニタリクス』をパッと思い出す。

『われら人の声に目覚めるまで』 ルイス・シャイナー

ダイビング中に人魚を見かけてしまう主人公。自分が見たものが真実か確かめるため、ある研究施設へ。人魚は人の細胞を培養して創った不完全なクローンの実験体だった……。

『フリーゾーン』 ジョン・シャーリィ

EMP攻撃で経済がめちゃめちゃになったアメリカで、一人の実業家が洋上プラントに都市を築き上げた世界。自由を求める若者たちがたむろし、音楽のライブなんかが開かれている。主人公は時代遅れぎみになっているロッカー。何者かに追われている3人の集団を洋上都市の外に逃すという筋だて。長編小説からの抜粋とかで、盛り上がってきたところで終わる。作者はバンドもやっているそうで、演奏シーンの臨場感なんか良かった。

『ストーン万歳』 ポール・ディ=フィリポ

貧富の格差が拡大した近未来、ゴミ溜めで暮らす少年ストーンは靴もなく裸足で歩く。そこへある女性が現れ、ストーンに重要な仕事を依頼する。(チェンソーマンのデンジくんとマキマさんを思い浮かべたよ)ある女性はこの世界のトップにいる権力者の部下だった。ストーンの仕事はただ学ぶこと。この世界を先入観のない目で見て、評価してほしいという変わった依頼。そして全てを学び終えたストーンは世界のてっぺん、新たな権力者となる。難解な短編もあるが、ちょくちょく明快で面白いヤツがぶちこまれてくるね。

『赤い星、冬の軌道』 スターリング&ギブスン

これも『クローム襲撃』で読んだ短編。ソ連の宇宙ステーションが閉鎖されることになり、ステーションの職員がストライキを起こす話。やっぱりこのアンソロでも影が薄いような気が。

『ミラーグラスのモーツァルト』スターリング&シャイナー

これがいちばん面白かったかも。タイムトラベルが可能になり、19世紀にタイムトラベルする話なんだけど、普通タイムトラベルと言ったらバックトゥザ・フューチャーのように、なるべく過去に干渉しないよう慎重に行動しなきゃいけないはずなのに、のっけから未来世界のグッズが19世紀に持ち込まれて、文化がめちゃめちゃになってるところから始まるという…。モーツァルトもギターを持ったロッカーになってます。

それで

絶版になった本とはいえ、サイバーパンクとは何かを理解するうえで重要なアンソロジーであることに変わりなく、わたしのような後追いの読者に、新たな光を当ててくれます。


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