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読書感想文:「私は存在が空気」/中田永一

藤子・F・不二雄先生が提唱した「すこしふしぎ」というジャンルがある。
略すとSFになるが「サイエンスフィクション」ではなく、「ありふれた日常の中に紛れ込む非日常的な事象」をテーマにした作品のことを指すそうだ。
この「ありふれた日常の中に紛れ込む」というところが、良い。

「私は存在が空気」という中田永一氏の短編集を読んだ。
表題作である、自分の存在感が父親のDVによって空気のように薄くなってしまえる能力を身につけた女子高生の話をはじめとして、全6編の短編が収録されている。
他にも、トン!とジャンプするだけで行ったことのある土地に一瞬で瞬間移動が出来るようになった引きこもり男子の話「少年ジャンパー」、熱を狙ったところに無尽蔵に発生させられるパイロキネシスを持った女性と出会う「ファイアスターター湯川さん」、他人には見えない腕を使ってサイコキネシスを起こすことが出来る家系に生まれた女子の話「サイキック人生」、謎のトンネル効果によって強く繋いだ手でも不思議と離れてしまう状況に陥ってしまったカップルの話「恋する交差点」。
そして、ある日突然郵便で送られてくるスモールライトの光線を浴びてしまった男子学生の話「スモールライト・アドベンチャー」。
スモールライト・アドベンチャーは巻末に「ドラえもんのひみつ道具から着想を得た」と書いてあるから、この作品は紛れもなく「すこしふしぎ」な作品なのだと思う。

あるひとつのアイデア(この作品の場合は超能力)から、ひとつの物語を紡ぎ出す中田永一氏の手腕に唸った。もっと小難しい内容にも出来ただろうに、超能力はあくまでもひとつの要素として扱っているところが物語を面白くさせていると感じた。それこそ藤子・F・不二雄先生の作品のような。
どんなに良いアイデアが浮かんだとしても、それをひとつの作品にしようとすると、難しい。どこから書けば良いのか、どうオチをつければいいのか。非日常を扱うと、逆に読み手が納得のできるオチをつけるのが難しいと思う。なんでもありになってしまいがちだからだ。
もっと濃いストーリーを追いたい読者には少し物足りなさを覚えさせてしまうかもしれないけど、主要キャラのほとんどが学生であるから、ターゲット的にも学生あたりの若い層なのかな、と想像する。
だから読書に馴染みのない層には気軽におすすめ出来る作品だと思う。

この「中田永一」という作者だが、実は「乙一」の別名義である。乙一氏は他にも別名義がある。どのような棲み分けをしているかは詳しく知らないけれど。
乙一氏の物語構成力は、抜群だと思う。起承転結がはっきりしてて、読んでいてとても心地良い。無駄な寄り道も少ないから話がサクサク進み、サラリと読める。もちろんそこにはサラリと読めるような言葉を選んでいる天性のセンスがあるからこそ、なのだけど。

いくつかのレビューを読んで「陳腐」だとか「軽い」という意見も見たが、そういう、綴られた言葉の裏にある細やかさまで読んで行くと、意見が180度変わるのではないかな。読みやすい文章を書くというのは実はとてもむずかしい、ということを文章を書いたことがある人間は知っているはずだから。

僕の両親の実家がある五島列島を舞台にした「くちびるに歌を」も、この中田永一名義での作品なのだそう。小説も映画もまだ観れていなかったので、近い内に鑑賞したいと思う。ガッキーかわいいしね。

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