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#6丸の内と出口のない夜


初めて東京に来た夜、どこに向かっていいか分からずに、辿り着いたのが東京駅だった。

用事があった訳ではない。灯りに吸い寄せられる虫のように無根拠で、ひどく不確かな足取りだったように思う。

地上は長い工事期間のただ中で、自由に行き来は出来なかったから、地下鉄を降りてからはずっと、地図を見ながら、地上に上がっては下りてを繰り返す、ゲームセンターの壊れたモグラ叩きのように丸の内の地下通路をウロウロしていた。

たくさんの出口が目の前に現れては消え、そのどれもが正しく思えると同時に、その度に「正解はここじゃない」と誰かから耳打ちされている気もしていた。だからその夜はずっと、出口を探しながら、夜なのに不自然に明るい水槽のような地下をひとりで漂流していた。

皇居の方に向うと人も少なくなった。ぽっかりと開けたギャラリーのような地下空間では、スーツ姿がよく似合うナイスミドルと、聡明そうな顔立ちの若いオフィスレディが連れ立って歩きながら、これからのことを話していた。
今年はもう少し時間が作れるといい。
あのひとは今何してるの。

前後の会話はわからなかった。
でも多分、彼女も出口の無い夜を泳いでいる。

そんな2人の姿を横目で見送って、反対側の出口から外へ出た。
階段を上がると、皇居へと続く長い道の上に、満月がぽっかりと浮かんでいたのを覚えている。

あの日選んだ出口が正しかったのかどうかは、今でも分からない。でもあの階段から今日まで続いている日常を、それなりに楽しく歩んでいる自分がいる。

今では地上の工事もすっかり終わって、東京駅にはぴかぴかの駅舎と駅前広場が広がっている。あの広大な地下空間は変わらず足もとにあるが、もう出口の無い夜に迷うことはないだろう。

ただ、今でも見知らぬ地下鉄の駅に降りると、
地下に響く二人分の足音を思い出すことがある。

彼女は出口を見つけられただろうか。

たとえそれが正しくなかったとしても、起伏のないそれなりに楽しい日々が、あの後ろ姿だけの彼女にも訪れていればいいと思う。

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