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#7高千穂の朝日とめがね

野良犬のようにめがねが死んでいた。
アスファルトの上で器用に右側だけ煎餅になったそれはいつも鼻の上に乗っかってた俺の身体の一部で、さっきまでポッケの中で大人しくしていた俺の相棒である。

高千穂に来たのは新調した自転車の試運転のためだった。爽やかな朝の景色を眺めていれば多少視力も回復しないかと裸眼になってから、ものの五分ほどでそいつはポッケから家出を遂げ、そして後続のトラックに轢かれた。あっけない別れだった。

自転車を立て掛けた看板には神話で有名な天岩戸が近所にあると書いてある。
神話の中では、岩戸に引きこもった太陽神を宴席で開催されたストリップショーに紛れて引きずり出していたが、もしそのへんにメガネのフレームを司る神が居るのならば俺も何か踊るから出てきて欲しい。踊るのも半裸になるのも割と慣れているので国道沿いでもさして抵抗はない。
そんなことを考えながら辺りを見渡すが、俺が裸を晒すのに適した手頃な岩戸は見つからず、眼前には朝日に照らされた素敵な棚田が広がる。ここで俺のショーを開催することは可能だが、観客たりうる人も神も見当たらない。死んだのだろうか、神は。

ピントの合わない目には、万華鏡みたいにいくつもの太陽が見える。こんなに居たら一個ぐらい隠れてもいいだろうが、タコみたいなおっさん達に、どやされながら貯めたバイト代で手に入れた俺の初めてのめがねは、もう今生から隠れてしまった。
相棒の居ない世界では、光を満足に視認することが出来ないから太陽が居ても居なくても大差ないというのに。

世界はいつもより滲んでいる。

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