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【創作大賞2024・お仕事小説部門、参加作】  生か死か、第2部「希望」     

あらすじ
医療は、この地を支えている。施療の時代を乗り越えた医療であるが、此処、四駄郡では未だ施療を続ける医師がいる。積田つみだ医師はその一人だ。彼は異色の業種変更で医師になった。西町診療所を受け持つ彼に試練とも言えるパンデミックが襲う。彼が取る行動は医師を超える患者奉仕となった・・・


本編


第1話 接種

四駄郡西町の未舗装路、周りはコナラクヌギブナナラなどの広葉樹が等間隔に聳え枯れ葉が落ちた林床には太陽の光が隙間なく降り注いでいる。
道路脇にはツル植物、ササ類が剪定され樹林との間には竹林も整列され立っている。
町民による樹林管理が月に2回実施される為、道路との境ははっきりしている。
その坂道を積田医師が車で向かう先は隣町の北町だ。北町でも西と同じ状態が続いている。
積田は西北二つの診療所が連携して患者を守らなければこのパンデミックは乗り切れないと考えている。
常に北町診療所の坂柵さかざく医師との連携を取ってきた。
得てして施療を行う医師は一人で抱え込みいい結果を齎さない。
積田はそれを打開する為チームで動く事を坂柵に提案した。
お互い看護師がいない為に手の足りない時ばかりで解決方法を探していた。
積田の意見は坂柵も望んでいた事だった。
お互い入院設備が無い事で患者や家族の負担が大きいが、この地域では訪問診療に頼らざるを得ない。
若い人達は車で診療所まで来てもらえる。
しかし、この土地の高齢女性免許取得率は1パーセントに満たない。
夫と死に別れた女性の数は二人夫婦の家庭よりも多い。
さらに寝たきりの高齢者や仕事を引退した高齢者が安全のため免許証を返還するケースは都会よりも進んでいて、移動手段を持たない高齢者が多いのだ。
さらに四駄郡が衰退する過程で、公共交通路線の廃止が決まりバスが走っていない。

ガタガタと積田が中古で買った20年前モデルの軽自動車は、地面に敷いてある砂砂利の影響で乗り心地が悪い。
だが、積田には日常の事で気にする風もない。
医療は、かつて施療とも呼ばれ患者の命が大事だとされた。
生活困窮者に対して無料で治療する時代もあったが、医師、看護師の負担軽減と高度医療達成の為、政治介入によって施療はお金で命を守る医療と成って行った。
医は仁術なりから医はお金なりの理念へと変化したのである。
それでも少数の医師は開業医として医は仁術なりを続けている。
そんな医師の一人である積田にも人には言えない苦しみはある。
診療するための維持費は近隣の椎茸農家からの寄付により解消できているが施療して寄付を貰えば立派な医療だとする医師が殆んどであり積田自身もそう考える時もある。
寄付を断る勇気の無い自分を叱責しているのである。
積田が北町診療所に着くと坂柵医師が出迎えた。

「いつも済まない、今回は一人ではちょっと無理だ。そっちも大変なのは分かっていたがほんとに済まない。俺は訪問接種に回る。ここを頼む。」

坂柵医師は礼を言いながら外に溢れ返った診察待ちの患者に声を掛け訪問に向かった。
駆け付けた積田は診察室に急いだ。
隣町の診療所ではあるが、勝手知ったる診療所の為、器具その他必要なものの置き場所は頭に入っている。
患者も何時も駆け付ける積田を知らない住民は一人もいない。
一人また一人と診察しPCVを打って行く。

「やはり殆んどがⅡ型でしたね。」

全ての患者を見終わったのは4時間後の事だった。
タイミング良く坂柵も帰院した。

「ああ、全てが感染者だった。積田有難う、助かったよ。」

坂柵は深々と礼をし積田に感謝を述べた。

「それではまた何かあれば連絡お願いします。」

坂柵は積田が自分の患者もこなし切れていない事を分かってはいたが、余りの慌て振りから尋常ではない事を悟った。
積田に改めて敬意を払い呟いた。

「正しく赤髭先生だ。」


第2話 高齢者治療

積田が西町診療所に戻ると、北町診療所に又戻って来たような錯覚を覚えた。
診療所の作りが全く同じだからだ。
経費削減として地元建築業者が開発した特殊パネル工法によるコンパクトハウスをリフォームしたもので無駄を省き、6畳の部屋3室に診察室、レントゲン室、板壁を挟んで事務室と洗面所がある。
積田は一人で診療所を切り盛りする為、事務室は倉庫となり果てている。
施療を続ける為に診察料などは患者の気持ちからの手渡し寸志のみである。
手術室という洗練されたものは無い。
診察室の一角を抗菌のビニールカーテンで覆ったものだ。
材料は広葉樹を複数混合して作られている。
勿論、木材の広葉樹は樹林地帯の伐採分を地元の建物のみの特権で無償提供される。
その為、低コストで同一の建物となる。

「皆さんお待たせしました。」

積田は、挨拶するだけではなく患者一人一人の顔相をチェックしながら全ての名前を頭の中で弾き出し診察室へ急いだ。
パソコンを開くとホーム画面に四駄ネットワークと表示される。
四駄郡独特のデータベースには個人情報として顔写真も流通する。
診察室のドアに手を掛けると同時に最初の患者名を呼んだ。

「蛭田トマキさん、どうぞ!」

トマキは少し苦しそうな表情をして診察室内へと進んだ。

「トマキさんお珍しいですね。どうしました、今日は?」

今のパンデミック下を思えばそれを疑うのが当然ではあったが病は一つだけではない。

「積田先生、喉が何かや悪きなって」

トマキは自分の首を擦って言った。

「喉が痛いですか。」

「いやぁ、痛くは無いんかや息がしにくい」

積田はトマキの顎を軽く持ち上げ、喉の腫れを触診で確かめてみた。

「やはり若干の腫れがある。」

積田は少し焦りを覚えた。

年齢からしてLRTIⅡであれば肺炎球菌ワクチンを打っても効果の前に起こる肺炎に耐えられるだろうか?
だが、今のところ他の選択肢は無い。

「それではレントゲンを撮りましょう」

小さな診療所である、レントゲンも自らの手で行う。
トマキは軽い肺炎を起こしていた。
積田は発注済みの肺炎球菌ワクチンを接種し一旦自宅に帰した。
トマキはデータベースからインフル接種者だった。

矢継ぎ早に患者を呼ぶ。

「城田弥生子さんどうぞ。」

この町一番の長老105歳の女性を診察へと誘う。
呼び声を上げた積田だったが、忘れ物でもしたかのような顔で椅子から立ち上がり、城田弥生子が杖を持って歩いているところに向かう。
診察室へ戻るときには、弥生子の腕をしっかり持ち、介助していた。
看護師がするべき仕事も、積み田は当たり前のサポートとして行う。
アベックの様に二人で歩きながら弥生子が言った。

「先生、いつもの持病で足が痛いかや、剛達さんとこのけんちゃんに連れて来てもろたかや。」

積田は一瞬気の緩みを感じた、ウイルスでは無かったと。
長老には全国土一の長寿になって貰いたいと常々願っていたのだ。
気を引き締め直し、患者が苦しんでいると意識を改めて強く持った。
足の触診をした積田は

「骨は大丈夫ですね。骨粗相症のお薬とプロテインのお薬出しますね。」

素早く診察室に設置した薬棚から城田用と書かれた薬袋をしわしわの手に握らせた。
弥生子は持っている年代物のハンドバックにそれを仕舞い、またその中から白い封筒を引き出した。

「先生、私からの気持ちかや。」

達筆な文字で寸志と書かれている白い封筒を、積田のそろえた足の上に置いた。

「無理しないで下さいね。」

と積田は申し訳ない気持ちで封筒を机に置き、再び弥生子の片腕を引くと、杖を片手に持つ弥生子と一緒に、ゆっくりゆっくり小さな歩幅で診察室を後にした。
弥生子の介助をしながら、外の健斗の車に送り届け、再び診察室に戻った。
 
机に置いておいた封筒を手にして、四駄ネットにある城田弥生子のデータを思い出していた。
趣味が書道だとあった事は記憶にある。
書道には老化が無い事を思い知らされた。
寸志の封筒を見つめ積田は、心が捻じれながら葛藤している、そう自己を診断した。


第3話 手掛かり

四駄郡は両町共、総感染した。
抗肺炎球菌ワクチンは新種ライノウイルスの重症化は防いでいるが、合併症を引き起こし死亡者の数は町民の3分の1に及んだ。
積田自身も感染し診療所を休診せざるを得なかった。
ウイルスに侵された積田だが、全町民の肺炎球菌ワクチン接種が終わると同時に診療所に閉じこもった。
勿論、感染をしている為、軽傷とはいえ体を休める事もある。
それ以上に自分の作ったデータから、何か解決に繋がる事が無いかじっくりと調べたいのが一番の理由だ。

「この端末を一体どれだけ操作し続ければ永遠の命をもたらす事が出来るのだろうか?」

ITから医療へという異端児独特の考え方で、積田はずっと人間の一生をテーマに治療を続けてきた。
死という終点を解明する為に。
しかし、それは届いていても触れられない空気の様なものだった。
 

作業を続けているとふとしたデータから状況を変える一手を掴んだ。

四駄郡の住民の内、移住組の死者が明らかに多い。
地元民のインフルデータの最終列のセルに行政側がAPW済みと言う項目を設けているのを見つけた。

「APWとは何だ、行をたどっても死亡の文字が無い。」

積田の指がキー一つ一つに吸い込まれ、正確に素早く、郡ネットワークシステムのページから検索すると、APWは不良ワクチンの為使用できないと表示されていた。
だが、詳細は示されていない。
 
「ワクチン、しかも不良、それで死者がいない。年月日欄を追うと丁度我々移住者が郡に入る前に終わっている。もしAPWワクチン接種が四駄で続いていれば死者が出なかった可能性があるということか?このデータが現実と同期するとすればワクチンが開発される前に死亡者を減らせるワクチンが出来るかもしれない。」

遂に見つけた手掛かり。
細菌を抑え込んでいるかは、まだ分からぬままだった。


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