Everything, Everywhere, All at once
3月ですか。早い。
春の陽気はいつどこで生まれ、いつどこでどういったタイミングで(誰が)発生する(させる)のでしょうか。
表題の通り、アカデミー賞受賞作を見てきました。
相方は二人で、どちらも血縁関係にある二人です。年上です。私を育ててくれました。一生付きそう運命であり、それが歯がゆいけれど悪くない。そんな関係です。
Part1. すべてのことを
久々の映画館。
タイムリーな匂いがすると思ったら涎がとまらず、ディズニーランドではそれが一生漂っていることを考えると、なるほどそれは夢の国だわ、と。
お昼の2時で、グータラな私はキャラメルポップコーンを食べたさそうな表情だったのでしょう。
「買うか?」
と言われました。もちろんLサイズで。
最初のCMはいいから映画を見せてよ。
そんな声は一言も聞こえておらず、だからといってそう考えている人がいないとは限らない。カオスな世の中だ。わからないことばかりです全く。
税金払わなきゃなー。そう考えているとエヴリンの家庭もそうみたいでした。
Part2.すべての場所で
おわかりの通り、机の裏にこびりついたガムを口に放り投げて噛んでみたり
おわかりの通り、手先がソーセージになっているのにカンフーの上級者と生死を争う戦いをしなければならなかったり。
おわかりの通り、確定申告がうまくいくことを願うあまり、税務局のカウンター奥に見えるスタンプをケツ穴に突っ込んでみたり
おわかりの通り、あなたと結婚していなかったらこんなに幸せを感じられなかっただろうし。
おわかりの通り、私は有名なアクション俳優になって、ブルース・リーと共演していたかもしれないし。
おわかりの通り、一流の中華シェフになって太客をもてなしていただろうし。
生きていくって大変です。
そしてどうでも良いんです。
「おい、大変だっつって何も変わらねーんだよ。もう何も変わらねーんだよ。本当によ。」
そうです。言ってみただけです。でも私は大変だと感じてます。
「うっせーよ!お前みたいなな、被害者ずらした阿呆が一番キライなんだよ。他にもよ、いっぱいいるんだよお前みたいに大変だっていってるやつらが。なんにも特別じゃないだよお前は!」
特別になってなにか変わるんでしょうか。変わったと、あなたがそう感じるだけなのではないでしょうか。
「何が悪いんだよ?あ?言ってみろ。俺が特別で、変わったと感じて何が悪いんだ。」
何も悪くはありません。そして良くもありません。
「あ?何が言いたい、あ?おい、お前変わったやつだなー。殺そうか?あ?」
とここで、終末論的な流れになるんですが、ここからが深かった。
要は、最初に言ったとおり、家族の物語でもあるのです。
私が食べたそうにしていたら食べさせてあげたり。
やったことがないことを私がやろうとしていたら止めて叱ったり。
太り過ぎよあんた、ちょっとは痩せなさい。と余計な一言を言ったり。
そしてそういう家族の、親の子に与える影響が、おかしいくらいに膨れ上がった真っ黒なドーナツ。いやベーグルを作り出していたのかもしれないし。
色々な経験、いろいろな選択の積み重ねが今の貴方であるわけで
Part3.いちどに全部
2001年宇宙の旅の冒頭で、猿人類さんら複数名が、中空に光り輝く隕石を見ていたと仮定しましょう。
※キューブリック監督による名作です
どうですか?
ウホウホ
ああ、そうですか
ゥゥゥヴ!
あ、ごめんなさい。
ウホウホウホ!
光ってますよね?
ウホ?
ああだめだこりゃ死んじゃうわ。
これをどんな偉人が言っていたとしても馬鹿っぽく聞こえてしまうのはなぜでしょう。笑
そりゃ、当たり前の事実だからですよね。
そう、Part2で娘が訴えたことは、全てみなさんにあてはまるわけです。
ただ猿人類さんたちは頭があまりよくないので、その光を単なる好奇心で迎え入れます。その結果、自分だけが光り輝いていると錯覚してしまうのです。馬鹿だから。
その猿人類さん、あ、猿人類さんら複数名は自分の周りが真っ黒な暗黒であることを知りません。
あー、何も成長してねーな。
そう、気づくときってたまにあるじゃないですか。でもそれって乗り越えられるんスよ。
そうこの映画は言ってました。
はい、猿人類さんら複数名の親戚である皆さん。
そのドーナツ、あ、ベーグルをどうしましょうか。
それはぜひ映画館で見てもらうべきなんでしょうね。
相棒がいるなら連れてけばいいし、あ、それでもソウルメイトな誰かですよ。
ソウルメイトだって思い込んでいてもメッキが剥がされます。この映画によって。
それくらいこの映画には魔力があり、そして最高のエンターテインメント、そしてあなた自身。そんなこんなを見せてくれます。どこでも、そして同時にすべてを。
はい。まあこれがアカデミー賞かよと愚痴をこぼしている夫婦なんかも居たんですが、なるほどこれは一般受けしない映画だなーと。
ただ物語としてみるというよりは、もうひとりの自分。アバター感覚で見るとまた味が出てくるんではないでしょうか。
目玉のシールが可愛かったですし、そのシールが終盤違う形の比喩だったのかなとか思ったり。
一度見ただけではなんとなくしかわからない、そんな映画かもしれません。
「アジア人が主演を務めてアカデミー賞を取るというのは素晴らしいことだ!」とアメリカ人が言ったところで何も変わらない気がするのは私だけでしょうか。
じゃあ、真実ってなんだろう。
そんな問いがふと頭の中に浮かびかねない邪悪な側面をも持っているこの映画は、やはり鑑賞後時間が経てばたつほどその真価を発揮してきているような気がして、やっぱり大好きな映画でした。
でも、真実はときに一つだけで、ときに存在せず、そして個人個人の数だけ存在しているのかもしれません。
言葉だったり映像だったり、音楽だったりがその人の一生を表す助けになっていて、そんなわたしたちの姿をありありと見せつけられるような2時間でした。
一寸先は闇、
一寸先は光。
そんな単純な二項対立では済まない複雑な私達。
でも二項対立であったほうがなんとなく安心できる私達。
それら全てはジョブ・トゥパキが知っているのかもしれません。
いってきます。いってらっしゃい…また会おうね、ここで、同じように…
そういえば税務局に来てたんだった。えーっと、この費用は経費として認められるだろうか…
あー、また嫌な現実に向き合わなきゃならないんだ!!
すべてのことを、
すべての場所で。
いちどに全部成し遂げた。素晴らしい家族の話。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?