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お腹にできた子、ポリープちゃん【靴の底 #30】

預かっている保護猫が発情期に入った。
悲痛な鳴き声は1日中つづき、誰かを求める叫びは可哀想になるほどだ。
すぐに保護猫のオーナーに連絡をし、避妊手術の予約をいれてもらったが子猫ラッシュのせいか手術まで少し間が空いてしまった。
毎晩鳴く保護猫に付き添ってソファに横になると不思議と彼女は大人しくなり、何度も触られるためにお腹に乗ってきては思う存分甘えてきた。
この子も抗うことができない体の変化や本能に苦しんでいるんだと、無職の私は覚悟を決めて数日間彼女に寄り添った。

音声が消えたテレビ画面だけが流れる暗闇の部屋で彼女と過ごす時間は、私の人生の取るに足りないひと時で、この時間の流れを楽しんだ。

朝になり、落ち着きのない保護猫をケージに入れて鎌倉の動物病院に送り届け、帰宅すると旦那はWeb会議の真っ最中だった。
寝不足の私はいつの間にかソファで眠ってしまい、起きると昼ご飯の美味しい匂いが漂っていた。

「ぶじ、病院行けたんやな?」
たまごサンドを作っている旦那が台所から顔をのぞかせた。
「ケージでずっと震えてたよ。女の子だもん。お腹切るから痛いだろうね」
度胸がある小柄な彼女がケージの中で震えていたのを思い出し、胸が締め付けられる。
「いつ戻ってくるん?」
「手術終わったら連絡来て、今日戻って来るって」
もう我が子を抱くこともできない体で帰って来る。
「きみの検査は?」
「子宮鏡検査は夕方から〜。これで不妊治療の検査も一段落さ」
「おれ、今日午後から会社行くから帰って来るの夜中になるわ」
「ほーい。我々もがんばるんで、君もお仕事がんばれ!」

14時過ぎに保護猫の避妊手術が終わり、迎えに来てほしいと連絡があった。
タクシーですぐに病院に迎い、ケージの中で固まっている彼女を引き取る。
この子の体には、子を宿すモノがないのか、と少し軽くなった彼女を抱えて家に帰った。

家に着くと少し挙動不審になった彼女に水とご飯をあたえ、「耐えてくれてありがとう」と何度も語りかけた。
彼女は前よりも喋らなくなっていた。

バスに乗り遅れると家を飛び出し、バス停まで走る。まだまだ真夏の日差しが照りつける街中は平和そのものだ。
子どもがほしいと思い、不妊治療をはじめたが検査で半年近く時間をつかった。今日は最後の検査だ。
病院に着くとすぐに別室に連れて行かれてショーツを脱ぐように言われた。
「血圧・・・いつも100以下ですか?」
「低血圧なので・・・」
看護師の言葉に答えてからしばらくカーテンの中で待機していると避妊手術をした彼女のことばかり考える。
私達、真逆のことをしている。

看護師に連れていかれた診察室は狭い部屋でこれから子宮の中に入る検査器具が無造作におかれていた。
とても細くて長いスコープが私の中に入ると思うとゾッとする・・・が、どんな感覚なのか気になる。

「じゃ、消毒していきますね―」
医師が冷たい器具をあそこに入れて液体をいれていく。
顔の横に置かれたモニターに自分の子宮が映し出されるのをジッと見ていた。
「き、気持ち悪いです・・・」
下腹部に感じる圧迫感と痛さに意識が朦朧としてきた。
「もうすぐ終わるから!ちゃんとモニターを見てね」
彼女はあの小さな体で子宮と卵巣を取り出してきたのに、私としたら子宮に管を入れられて意識が朦朧とするなんて・・・。

「あー手術だね」

モニターに突起物みたいなものが写り、暗くなった。
「はい。終わりましたよ〜。落ち着いたら結果お伝えしますね」
医師は忙しいのだろう。慌ただしく部屋を退室していった。
さっきの突起物はなんだろう?手術って言ったよね。
頭をぐるぐる回る言葉を落ち着かせ、生理用ナプキンをつけたショーツを履き、待合室の椅子に腰掛けた。
番号を呼ばれて医師の部屋に入ると看護師が2名後ろについていた。

「どうだった?痛かった?」
医師と目が合う。
「はじめての感覚でした・・・」
私の言葉に看護師2名が「そうよね」と何度か頷いた。

「画面見てもらっていいですか。子宮にポリープがあります。3つ。まぁ良性だとは思うけど、悪性の可能性もあります」
「ポリープがあるから、赤ちゃんができにくいんですか・・・?」
やっぱり腫瘍だったんだと冷静な自分がいる。
「そうね。ポリープがあっても妊娠はできるけど、手術して取ったほうが妊娠の確率は高くなる。ただ、全身麻酔の手術になるからしばらく様子見をすることもできますね」
その時なぜか今日赤ちゃんができない体になった彼女を思い出した。
「すぐに手術したいです。早く赤ちゃんがほしいので・・・」
旦那にも相談せずに決めてもいいのか迷ったが、答えがすぐに口からでてしまった。
「・・・わかりました。じゃ今月タイミング法を試してみて、来月生理がきたら手術しましょう」

私の子宮には腫瘍があったんだ・・・。
帰りの電車でぼーっと考える。
怖くないし、驚かないけど、なんだか頭がボーッとして考えることができない。

「もしもし。病院大丈夫やった?」
電車から降りたところで旦那から電話がかかってきた。
「んー。ちょっとね。検査しんどかったし、わかったことがあるからちょっと大変かも」
「そうか・・・」
「早く帰ってこれる?」
「仕事がな・・・。できるだけ早く帰るから」
「うん。待ってるね」

子宮の腫瘍、ポリープは良性がほとんどだし、手術して取っちゃえば赤ちゃんができる確率が上がるんだから見つかってよかったじゃん。
そう、ポジティブに考えよう!
帰宅すると保護猫が無言で出迎えてくれた。
「あんたね。手術したばかりなんだから、大人しく寝ときなよ」
声をかけると少し歩いて立ち止まり、振り向く。早くこっちに来てよ。と言ってるようだ。ついて行くとベッドに飛び乗り、横になった。

ーーーーーーあんたも早く横になりなさいよ

そう言ってる気がして、私もゴロンとベッドに横になった。
お腹の毛を刈られた彼女と目が合う。

「ねぇ、わかるでしょ?私もわかるよ。あんたも女だもんね」

まだ下腹部の圧迫感を感じる。
彼女の毛に隠れていたピンクの腹部に目が引き寄せられた。

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