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双極性障害でも働いていいでしょ? 【靴の底 #29】

「やっぱ自立って大切やと思うねん」
ええー!そうなこと言っても私、双極性障害なんだよ!?
口に出せない言葉が頭に浮かび、ぐっと言葉を飲み込んだ。

ここ数年で時代は変わった。
ほんの10年前まで精神疾患は口に出しはいけないタブーのようなもので、どことなしに恥ずかしさがある病名だった。
それが最近では「わたし、うつ病なんだ」「双極性障害です!」と発言でき、それをサポートする動きまであるのだから世の中は変わるものだ。

ただ10数年前の私は自分が双極性障害であることを隠し、ごく一般の・・・少し変わった女性として振る舞っていた。
もちろん付き合う人にも秘密にしていて、大量の精神安定剤は隠れて飲んでいた。
仕事も体と精神が安定できる事務の有期雇用職員を選択。時給1150円で実家で親にサポートしてもらっていた。
だがこれに疑問を持つ人間がそばにいた。旦那だ。当時は可愛い年下彼氏。もちろん奴にも自分が双極性障害だとは伝えていなかった。

双極性障害の私は普通の人と同じようには絶対働けないから、この年下彼氏の奥さんにしてもらって、病気が悪化しないように生きていこーっと思っていた。

「結婚するなら自立してほしい。一人暮らしを経験しないと結婚は考えられない」

だがしかし、年下彼氏はかなり現実主義者だった。
彼は私と付き合いながら、どうして自立もしていない女性が結婚の言葉をいうのか理解できなかった。
だって、私双極性障害だからフルタイムで働けないんだよ!一人暮らしだって無理だよ!!と、私は私で口に出せず、彼の言葉に反論できなかった。

理由は、「こいつ双極性障害なの?やばっ。むりだわ」と引かれると思ったからだ。
そりゃそうだ。当時はまだ精神疾患なんて頭がオカシイ奴がなる病気だと思われていて、世の中に受け入れられる気配なんてなかった。

だが、彼の言葉も理解できた。

今の仕事を続けてもし両親が死んだら?
私はどうやって暮らしていけるんだろう?
生活保護をもらいながら暮らすの?
「双極性障害」だから自立できないの?
病気だから一人で生きていけないの?
すべてを言い訳にして、誰かに頼って生きていくの?

いろんな言葉が浮かんでは消えた。

そんな時、制作会社でADをしていた同級生と飲みに行くことになり三軒茶屋駅にあるジンギスカン屋に集まった。
学生の時からよくゼミの教授に連れられて彼女と訪れていた馴染の店だ。
「もうさ〜寝る暇もないって、まさにADの仕事って感じだよ」
久しぶりに会った友人は仕事に追われる毎日をダルそうに、けど楽しそうに話していた。
よく覚えていないが、私は酒の力もあったのか自分の身に起こった過去の話を彼女にしたんだと思う。

「世界で一番自分が可哀想だと思ってんじゃねーよ」

ジンギスカン屋の狭い店内で友人はニコリと微笑みながら言ってのけた。
あまりにも清々しい言葉は私の過去に穴を開けた。抱えきれないほどの暗い過去はその穴からじょじょに破れていき、明るく照らし出される感覚を感じた。

私は世界で一番可哀想な人間じゃない。
病気になるぐらい耐えて、我慢した世界で一番強い人間じゃん。

「ありがとう!!世界が変わったわ!!」
ニコリと微笑む彼女の手を握って、「大将!追加の肉!!」と注文した。
彼女も自分の身に起こった過去の話をし、二軒目のバーで散々金を使い果たした。

自立しよう。一人で暮らしていける仕事を見つける。そして、彼と絶対結婚しよう!!

密かな決意を胸に秘め、一人で生きていくための仕事に飛び込んだ。
何度も病気の躁と鬱に振り回され、挫けそうになったけど「世界で一番自分が可哀想だと思ってんじゃねーよ」のあの言葉が蘇ってきて再生した。

いつの間にか、実家から出て一人暮らしをはじめ、あの現実主義の彼氏にも双極性障害であることを伝えた。
彼はたぶん途中から気づいていたのだろう。特に驚いた様子はなかった。

病気のせいか、会社に馴染むことができない私は仕事を続けることもむずかしい時もあったけど、歳を取るごとに「自立」がいかに自分自身を守るのかを知っていった。
さらに実家に帰るたびに、両親の老いていく姿を見て、あの時「家を出る」道を選んでよかったと思う。年老いた両親には、私のサポートは負担になっていただろうから。

あの時、密かに胸に秘めた野望も達成できた。年下の彼氏との結婚だ。
結婚してからさらに「自立」がいかに大切なのか考えるようになった。あの頃の私は「年下の彼氏と結婚して、一生彼にサポートしてもらおう」なんて自分本意に考えていたけれども、働いて、一人で暮らして、彼もいつ崩れてしまってもおかしくないのだと知った。

私の周りにいる人が、いつ何時、私のようになってもおかしくないんだ。

双極性障害だから「自立」をする。
一生、付き合っていく病気だから「共存」を学んでいく。

一人で生きていくための仕事を身につけることは自分自身や家族を守るんだと知った。

「きみの才能を信じてるんやで」
旦那になった可愛い年下彼氏がふいに言う。
「まぁ、君の無頓着な言葉で。ここまで来ましたので」
病気のことを知っていたら、旦那とは今どうなっていたのだろう。私は今の私になっていたのだろうか。

「なんせ。私は世界で一番耐えて、我慢したから双極性障害になったのさ。強い人間なんだぜ」

双極性障害の怖さを知る彼は「まぁムリせずに」と包丁の刃こぼれを気にした。





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