「誰かもらってください」と言われるとウチの子にしたくなる 【靴の底 #21】
すこぶるご機嫌斜めの私を江ノ電に乗せて、旦那は極楽寺駅まで連れてきた。
今朝から私はなぜかモヤモヤ、イライラしていて、旦那に当たり散らしていた。
はじめての江ノ電にご機嫌も良くなってきて、後ろを振り向くと相変わらず何を考えているかわからない顔の彼と目があった。
仕事をしながら大学の講義も受けているらしい彼は今週の授業の予習をしている。
私は1日中家にいるのに、彼は外の世界があると思うと何故かモヤモヤしてしまい、視線を外して移り変わる窓の外を眺めた。
私は旦那に嫉妬をしている。昨晩、大学の同期と呑み会があると帰りが遅かった彼は、今朝になって呑み会後に鎌倉に住む友人と小町通りでしっぽり呑んできたと話してくれた。その話が羨ましくて、妬ましくて、私は誰とも会わずに一日を過ごすのに、旦那は楽しそうにして・・・。
そう思うと旦那ののんきな二日酔いに優しくもできない自分がいる。
極楽寺駅に着いて、改札口を出る。
前々から気になっていた駅近くの極楽寺に足を進めると後ろから旦那がついてくる。17時を過ぎていたから寺の門は閉まっており、我儘な自分にバチが当たった気がした。
しばらく極楽寺周辺を散策していると、「誰かもらってください」の紙が貼られている木材で作られた古道具が民家の軒下に置かれているのを発見した。
「これ!!持って帰ってええ!?」
砂まみれの古道具を手に持ち抱え込む。
雑誌や新聞紙を入れて、机の隣に置いておく用に作られたのだろう。格子状の網目も竹を割いて作られており、とても汚くなっているが上品な佇まいは消えていない。
「『もらってください』って書いてあるから、ええんちゃうん?」
「これ大好きになっちゃった!連れて帰る!」
取っ手の砂を払って、抱きかかえる。
「これ、だいぶ古いけどきれいになるんか?」
「一緒にお風呂に入ってから、柿渋とワックス塗れば生まれ変わるよ!」
「一緒にお風呂・・・」
Googleマップを見ると極楽寺駅から家まで散歩にちょうど良い距離なので、拾ってきた子を抱えて歩いてみることにした。
素敵な子を拾ったことで、自分の気持ちを彼に伝えたいと思ってきた。
「あんね・・・。機嫌悪かったん理由はね・・・」
ぽつりぽつりと自分の気持を彼に伝える。
いつも一人ぼっちな気持ちがすること、仕事をしていないから生産性が自分にないような気がすること、働き始めたいが勇気が出ないこと。猫が延期になったこと・・・。
途中の坂道でお地蔵さんが並んでいる。
悪戯が相次いだことから網で囲われており、なんだか悲しさがある。
きっとこの土地と人々を守ってくれたお地蔵様、「どうか心安らかに。この拾った子は大事にします」と手を合わせた。
「海沿いを歩いて帰ろか」
彼の手を繋いで海沿いを歩く。私の病気や心を何よりも心配し、守ろうとしてくれる彼の背は高く、夕日が当たると長い影を作る。その影に隠れるように私と拾った子が砂の上を歩く。
「猫の件なんやけどさ・・・。預かりボランティアはどうかな?」
まだまだ10年、20年続く動物を飼う責任を持つ勇気がでないため、今は猫や犬と暮らせないという旦那。保護された猫の一時預かりのボランティアをするのはどうだろう?と提案してくれた。
「預かりボランティアだったら、猫と過ごせるし、ボランティア同士での交流もあるから君にとってもどうかな・・・、って。俺も命の責任に対して覚悟を持てるかもしれないし」
君なら拾った子を大切に大事に育てることできると思うんよ。
きっと彼なりに考えて、考えた末の答えなんだ。
「預かりボランティア・・・、いいかもしれないね」
「明日、早速保護猫カフェに行って相談してみよう」
海辺から離れ、階段を上がり橋を渡る。
今日もきれいな夕日だ。
「ただ俺は、お別れの日のときに君が泣いてしまうんやないかと思って、心が痛いんやけどな・・・」
相変わらず優しい人だ。
「きみは私がお別れに慣れっこだって知らないな。笑顔で猫ちゃんを送り出してみせるよ」
すっかり機嫌も直り、明日の予定に胸がドキドキする。
この街でどんな出会いと別れがあるんだろう。
「まずはこの拾った子をお風呂にいれなきゃ!!」
砂だらけの古道具を大切に生まれ変わらせよう。そして、末永く一緒にいられますように。