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「俺は一生働くつもりないから。」父が死んで残された年老いた母と統合失調症の息子

こんにちは。
社会保険労務士のしふらです。
今回は、前回から引き続き、Twitterでnoteのテーマについてのアンケートで一番投票の多かった「個人的に印象に残った相談事例」と「今後の年金制度について」になります。

第1回「ある日突然障害者に。あと一歩で障害年金を受給できなかった『意外な落とし穴』」
第2回「学生時代の国民年金、支払っていましたか?覚えていない人は要注意。」
第3回「『俺は一生働くつもりないから。』父が死んで残された年老いた母と統合失調症の息子」
第4回「友人に『あなたは年金貰えないよ』と言われ請求せず、1000万円時効消滅したおばあちゃん」
第5回「大きく変わる年金制度の仕組み。私達の将来の年金は?」

私は普段、社労士事務所で年金相談をメインに担当しています。その中で、制度を知らなかったが故に本当に勿体ない結果になってしまう方がいらっしゃいます。前回は制度をよく理解していなかった為に、気付いたら学生時代の保険料が未納になってしまっていた方の事例でした。今回は、障害年金の請求が遅れてしまった為に請求が困難になり、本来もらえるはずだった年金が時効で消滅してしまった事例です。

「俺は一生働くつもりないから。」父が死んで残された年老いた母と統合失調症の息子

相談者:Oさん(86歳女性・Tさんの母)
相談者の息子:Tさん(
60歳・男性・独身・無職)
相談内容:「息子が統合失調症で働けません。主人が亡くなり、私が死んだ後の息子が不安です。昔、障害年金を請求して途中になっていますがまだ請求できますか?」
今回の相談は、Oさんの息子であるTさんの障害年金請求についての相談でした。詳しい話を聞いてみると、Tさんは元々勉強熱心で優秀な子だったそうです。しかし大学受験の直前に風邪を拗らせ、2ヶ月ほど高校に通えなくなりました。その後、高校に復帰しましたが成績が急激に落ちてしまい、目標の大学を諦めざるを得なくなりました。Tさんはこの出来事による落ち込みから徐々に自宅に引きこもるようになりました。20歳になった頃に精神科に掛かり、統合失調症と診断されたTさんは、両親に一言「俺は一生働くつもりないから」と言ったそうです。それからは一切外出をしなくなり、親戚に会うこともなく、現在に至るまで一切仕事をしていません。

一度は請求手続きをしようとしたのだが

その数年後、病院のケースワーカーさんが、Oさんのご主人に「Tさんは障害年金が貰えるかもしれないから手続きをしましょう」と声を掛けてもらい、手続きを進めることになりました。しかし、それから何年経っても障害年金の請求は進みませんでした。Oさんは障害年金の話が気になっていましたが、Oさんのご主人は障害年金の請求をすることに遠慮があったようで、ケースワーカーさんに手続きの進み具合を尋ねられなかったそうです。

それから更に数年が経ち、Oさんのご主人が亡くなりました。ご主人は息子のTさんが心配で仕方がなかったそうで、息を引き取る直前までTさんの名前を繰り返し呼び続けて亡くなったそうです。後日、Oさんはケースワーカーさんと話す機会があり、そのときにケースワーカーさんから「実は必要書類を揃える時間がなくて請求が進んでなかったけど、今からでも請求できるから相談してみたら」と言われたそうです。

私では手続きを進められる体力がない

一通りの事情を話した後、Oさんは「私は最近手術をして、手続きに必要な書類を揃える体力がなくなってしまった。」と言います。Oさんは自宅に引きこもっている息子のTさんの世話もしなければなりません。また、Tさんは普段は落ち着いていますが、ふとした拍子に突然大暴れして部屋中のあらゆるものを壊してしまうことがあるそうです。いつそのスイッチが入ってしまうか分からないので、Oさんは常に緊張状態で、家に息子を一人にしておくことにも不安があるようでした。早速手続きをする上でのポイントを確認しました。

障害年金制度のポイント

障害年金を請求する上で見るポイントは3つあります。
①初診日に国民年金・厚生年金のどちらに加入していたか
②認定日に障害等級に該当しているか
③保険料の納付要件を満たしているか

障害年金は通常、その傷病で初めて病院にかかった日『初診日』から、
1年6ヶ月経った日『認定日』に障害等級1~3級に該当した場合に支給されます。初診日というのが重要で、初診日に国民年金に加入していた場合は障害基礎年金(1~2級)。会社勤め等で厚生年金に加入していた場合は障害厚生年金(1~3級)となります。金額的には障害厚生年金の方が有利な金額になっています。もしも精神的な不調や病気・怪我で退職を考えている方は、在職中に初診しましょう。

今回のケースを先程の3つのポイントに当てはめてみると、
①の初診日は20歳になった頃の精神科に初めて掛かった日になります。
Tさんは、20歳から現在までずっと無職ですので国民年金になります。
②の認定日に障害等級に該当していると認められれば障害基礎年金(1,2級)が受給できます。
それでは③の保険料の納付要件はどうでしょうか。
保険料の納付要件は次の①か②のどちらかを満たす必要があります。
①初診日の前日において、初診日の2カ月前までの直近1年間に保険料の未納がないこと(初診日が令和8年前、65歳未満であること)
②初診日の前日において、初診日の2カ月前までの被保険者期間で、国民年金の保険料納付済期間と保険料免除期間をあわせた期間が3分の2以上あること
簡単にいうと
①初診日より前の一年間に未納がないか
②今までの全加入期間のうち、未納期間が3分の1を超えていないか

ということです。ちなみに保険料免除期間とは、保険料免除制度を利用して納付した4分の1、半額、4分の3免除期間と全額免除期間のことを言います。

Tさんの場合は、ご両親が40年間しっかり国民年金保険料を納付していたので納付要件も問題ありませんでした。

請求方法は2パターン

障害年金の請求方法には認定日請求事後重症請求の2つがあります。
①認定日請求
認定日請求とは、初診日から1年6ヶ月経った障害認定日の時点に遡って請求をする方法です。
②事後重症請求
事後重症請求とは、初診日から1年6ヶ月経った障害認定日に障害等級に該当しなかった場合等に、その後その傷病が重くなった時にその時点で請求をする方法です。

Tさんの場合に当てはめてみましょう。
①認定日請求の場合
障害認定日は20歳の初診日から1年6ヶ月経った日になります。その時点の障害の状態を診断書等で審査して、障害に該当すれば当時まで遡って受給権を得ます。現在60歳のTさんは40年間分遡って請求をすることになります。
②事後重症請求の場合
障害認定日は①と同じく、20歳の初診日から1年6ヶ月経った日になります。事後重症請求の場合は、60歳の請求日現在の障害の状態を診断書等により審査します。その結果、障害に該当すれば請求をした日の翌月に年金の受給権者になります。

認定日の遡及請求の時効

上記2つの請求方法のうち、障害が認められた場合、金額的に有利なのは①の認定日請求になります。なぜなら40年前まで遡って請求できるからです。②の事後重症請求だと、請求が1ヶ月遅れるごとに年金を貰える月がずれてしまいます。ただし①認定日請求の場合、認定日から1年以上経過した後に請求をする場合は遡及請求になり、5年以上前の期間は時効で消滅してしまいます。Tさんの場合は、認められれば最大で5年分の年金が遡って受給できることになります。

Tさんの障害年金とその後

一通り話を終えて、必要な書類と確認したい事項をお伝えしました。「揃った所で連絡してください」と言ってその日は終わりました。しかし、それから何日経っても連絡がありません。家に電話を掛けても誰も出ません。Oさんは手術したばかりだと言っていたので、何かあったんじゃないかと心配していました。ただ他の方に依頼したという可能性もあるので気にしないようにして過ごしていました。

それから更に数日経ってOさんから電話がかかってきました。「体調が万全でなくてあの後すぐに入院することになってしまったの。連絡が遅くなって本当に本当にご迷惑をおかけしました。」書類について聞いてみると「息子だけでは書類が揃えられないかもしれないし、揃えられても人と会おうとしないから私が退院するまでは無理かもしれない」と言いました。確かに電話も通じなかったので難しいのかなと思いました。

私は、今後の話もしたいし個人的にも心配だったので、その日のうちにお見舞いに行きました。話している途中にも、Oさんは家に一人で残したTさんを心配している様子で「息子には父のお葬式の喪主をやってもらいたかったけど、結局葬式に出ることもなかったんです。」「障害年金が請求できなかったとしても65歳から年金は貰えるんでしょうか。」と終始Tさんの話をしていました。Oさんは結局その後退院することはなく、今現在も請求は出来ていません。ケースワーカーさんが声を掛けてくれた時に積極的に進めていたら、今頃は障害年金を貰いながら安心して暮らすことが出来ていたのかもしれません。私は、息子のTさん宛に「手続きを進める準備は出来ているので、いつでもお返事ください。」とお手紙を出しましたが返事はまだありません。

障害年金を正しく理解していますか?

今回の事例のように障害年金は、請求できることを知らない人がとても多いです。また、請求をすると決めてから時間が経ってしまうケースも多いです。なぜなら、書類を揃えるのに時間がかかってしまうためです。私が受ける半数以上が、5年以上の遡及請求です。請求するきっかけも、病院で教えてもらって初めて知ったというパターンが多いです。働きながら障害年金を貰えないと思っている人もいますが、障害年金を貰いながら働くことも出来ます(20歳前の障害の場合は所得要件あり)。せっかく請求できる年金が、時効で減ってしまっては悲しいです。保険料を納めているからには制度を知って、損をしないように賢く生きましょう。次回は、第4回「友人に『あなたは年金貰えないよ』と言われ請求せず、1000万円時効消滅したおばあちゃん」を投稿します。ここまで読んでいただきありがとうございました。

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