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「応援広告」事業って「ずるい」って思った話

いわゆる「応援広告」という文化がある。
日々ノルマだ数字だに追われている身からすると、なんか「ずるいな」と思った話。「ずるい」は適切じゃないかもだけど、モヤモヤを表現できる言葉がない。

現STARTO系アイドルを推している身なので自分には縁がない(どちらかというと自担にお金が落ちないことにお金を使うなCD買えの文化な気がする)のだけれど、韓国から来たらしいこの風潮は日本にも一般的になりつつある。
先日行った韓国でもまあまあ見たし、渋谷でもVtuberのアドトラックが走っていた。

この応援広告、出す目的は色々あると思う。
まあ突き詰めればオタクの承認欲求の極みなんだと思うんだけど、これをオブラートに包んで言うと、「推しを祝いたい(し認知してほしい)」「推しを知ってほしい(しこんなことができるファンと認知してほしい)」なんだと思う。

「推しを祝いたい」は気持ちがわかる。
自分は絵が描けないが、メンバーの誕生日、結成発表日、デビュー日、CD発売日などなどの記念日には公式アカウントが付けているタグを付けてXで投稿したり、かこつけてケーキを買ったりする。

「推しを知ってほしい」もわかる。
「こんなに素晴らしいグループを知らないのは世界の落ち度」と思っているものの、あわよくば全世界自担、自軍を好きになってほしいと思っている。
(これで自軍の目標、「長く続ける」ができなくなったら困るとは思いつつ)

ただ、果たして応援広告の出稿で推しは話題になるのだろうか。

冷静に考えてみてほしい、街中を歩いていて誰かのバースデー広告があるとする。
それ調べますか?調べてその後ファンになることってありましたか?
日プで応援広告いっぱい出してたけど、それ見て「よっしゃ1pickにするぞ~!」ってやりました?

もちろん、調べてそこから沼にハマる人もいると思う。それは否定しない。
広告がほとんどない住宅街でぽつんと広告があったら目に留まるし、検索もするだろう。

ただ実際のところこの広告の効果はどうなのだろう。掲示することで「推しを知ってほしい」の目的は果たされるのだろうか?
答えは「わからない」なのだ。これが「ずるい」。

応援広告事業を大きくやっているのが最初にリンクを貼ったJR系の企業で、効果についてのレポートがある。

要は出稿したユーザーは「満足した」という回答をしているという内容なのだが、「推しを知ってほしい」という目的があったときの結果が「FC会員数増加速度」「再生回数の増加」「CD売上増加」とかの「『知られた』という定量的評価」ではなく、「利用者が満足した」という「定性的評価」でしか計ることができないということがわかる。

理由は簡単で、「FC会員数増加速度」「再生回数の増加」「CD売上増加」の定量的評価は「応援される側」が持っている結果で、あくまで応援広告事業会社と出稿者は知ることができない情報だからだ。
(売上とか再生回数はわかるけど、それが応援広告によるものかを評価することが難しい)

それを踏まえたときに、ユーザーの要望とその結果のベクトルが違ってもOK!な感じが、会社で数字だ目標だに追われる人間としては「ずるさ」を感じている。
極論、ファンを増やしたいと思って応援広告を出してファンが増えなくても、出稿した人が満足していれば会社としての評価は下がらないわけだ。

別に応援広告事業をどうこうするつもりはない。渋谷を歩けばホストかバニラのアドトラックしか走ってないくらい、広告費にお金をかけられる企業が減ってしまった以上、収入源としてお金を出してくれる個人に営業をかけるのは当たり前だと思う。

ただ結局応援広告って、同じファンダムの中での盛り上がり以外の効果ってあるのだろうか、新規取り込みには効果があるのだろうかと考えたときに、正しい答えを持っている人がいない、という事態にモヤモヤする。

私自身、広告出す金あるならそのお金で推しの写真とかCD買ったほうが直影響あるだろ・・・と思ってしまうからあまりよくないのだけれど、ここ最近の「応援広告は推し活の形!」みたいな風潮には辟易してしまう。

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