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特養でもICT活用で人員配置基準緩和

厚生労働省が、特養においてもICT等を活用して介護職員の配置基準を緩和することを検討すると言います。
 2024年の介護報酬改正では介護施設(多機能含む)が以下に紹介するような生産性向上に取組めば新たな加算を貰えることになっています。
 そして、特定施設入居者生活介護施設(介護付き有料老人ホーム)では生産性向上を果たせれば、人員配置基準を緩和することができることになっています。そして、特養についても検討することになったようです。
 いよいよ、介護の世界でも生産性向上が待ったなしという雰囲気を政府は醸成したいようです。

(ケアマネタイムス2023.12.22 )

⇒  https://i.care-mane.com/news/entry/2023/12/22/151513  


(1)人員基準緩和に必要な取組

 介護給付費分科会の資料によると、以下の条件を満たせば人員配置基準を緩和できるらしいです。

  • 生産性向上委員会(仮称)を設置し生産性向上ガイドラインに基づいた業務改善を継続的に行う

  • 職員の負担の軽減に資する機器全て(注1)を導入し(見守り機器は100%の導入が必要)

  • 業務の明確化や見直し、役割分担(いわゆる介護助手の活用等)を行う

  • 業務改善やケアの質の向上等に関する効果を示すデータの提供

注1:見守り機器、インカム等の職員間の連絡調整の迅速化に資するICT機器、介護記録ソフトウェア、スマートフォン等の介護記録の作成の効率化に資するICT機器(複数の機器の連携も含め、データの入力から記録・保存・活用までを一体的に支援するものに限る。)

参照⇒ 「介護分野における生産性向上の取組の進め方」
https://www.mhlw.go.jp/stf/kaigo-seisansei-elearning.html

 以上の取組を一定期間の試行的な運用を行い、その結果、ケアの質の確保や職員の負担軽減等が図られたことをデータ等で確認できた場合。人員配置基準を3:1から最大3.3:1まで緩和することができるようです。
 ようするに、配置基準を現行より1割減らすことができるということです。
 人件費が1億円の事業者だと人件費を1千万円カットできるということです。10年間で1億円もの支出カットが原理的には可能になるわけです。

 この配置基準緩和はSOMPOケア等の大企業主導で検討されてきました。 SOMPケアやニチイ学館を買収する日本生命などの大企業は、儲けるために設備投資して、積極的に職員配置の緩和を目指していくことでしょう。 
 これは機械等の導入により生産性を向上させ、労働者を減らすという相対的剰余価値の獲得を目指すもので、相対的剰余価値に基づく典型的な儲けの手法です。

(2)生産性向上の罠・相対的剰余価値

 介護業界の生産性向上ゲームに興ずる前に、資本にとって、そして介護という営みにとって、生産性向上とはどのような意味、影響があるのかを考えておく必要があるでしょう。
 企業の基本的な目的は株主のために利益を上げることです。そして、企業が儲ける仕組みには、絶対的剰余価値と相対的剰余価値があります。

「労働力価値の低下によって生み出される剰余価値を、マルクスは「相対的剰余価値」と呼んでいます。」

(引用:斎藤幸平 2023「ゼロからの『資本論』NHK出版新書」P98)

 この相対的剰余価値を理解するためには労働時間について整理しておく必要があります。
 労働者の労働時間には労働者の賃金分に相当する「必要労働時間」と、資本家のために労賃以上の価値を生産するための労働時間、つまり「剰余労働時間」に分かれます。
公式的に表せば、 「必要労働時間」+「剰余労働時間」= 労働時間 です。

 例えば、8時間労働で2万円分の価値を稼ぎ出すとしましょう。8時間労働のうち4時間の「必要労働時間」で自分の日給1万円分を稼ぎ出し、残りの4時間の「剰余労働時間」で資本家のための儲けの部分(1万円)を稼ぎ出すといったようなことです。公式っぽく表現すると・・・

「必要労働時間:4時間で1万円」+「剰余労働時間:4時間で1万円」=8時間の労働で2万円の価値を生産。

 相対的剰余価値とは機械の導入などによって生産性の向上を図り、より少ない労働時間(必要労働時間)で労賃部分を稼がせ、儲けのための労働時間(剰余労働時間)を拡大することにより儲けようとするものです。
 先の例を用いれば、効率性を向上させ、労働者が「必要労働時間」2時間で自分の労賃1万円分を稼げるようになったとすれば、「剰余労働時間」は6時間に拡大できます。そして、この6時間の剰余労働時間での稼ぎは3万円となります。先に示した生産性向上前の3倍もの剰余価値を資本家は得ることができるのです。
つまり、「必要労働時間:2時間で1万円」+「剰余労働時間:6時間で3万円」=8時間の労働で4万円の価値を生産することになります。

相対的剰余価値とは簡単に言えば、生産性の向上によって得られる儲けのことだ。

(参照:白井聡2023「マルクス 生を呑み込む資本主義」講談社現代新書p87,88,91)

(3) 介護施設における生産性向上と相対的剰余価値

 さて、介護施設における相対的剰余価値の獲得、つまり生産性の向上とは実際にはどのようなものでしょうか。

  • それは、より少ない労働者でより多くの入居者を介護するということ。

  • ということは、入居者一人当たりの介護にかける時間を短縮するということ。

  • そのためには、当事者(入居者)が望みもしない介護業務のスピードアップを図るために介護業務を機械、ロボット等に代替させることが求められます。

  • 介護事業における生産性の向上、効率化とは介護業務のスピードアップ、機械化に他なりません!

 生産性の向上による相対的剰余価値の獲得は入居者の訴えを無視する業務計画至上主義を強化することになるでしょう。相対的剰余価値の追求は相互関係としての介護を破壊する危険性があるのです。

 業務をスピードをアップして、生産性を向上させれば、介護労働者がもっと入居者と関わる時間が増えていくと考えるのは大きな勘違いだと思います。
 厚生労働省の期待する通りに生産性が向上すれば、介護職員は入居者にもっと関わることができるようになるのではなく、資本の論理からすれば、職員は1割程度、減らされるのです。

 もちろん、介護労働者の便利な道具としてAI・ICT等を介護現場に導入することは基本的には望ましいことですが、その便利な道具を「介護労働者を減らす口実」にするというのはまさに資本の論理・儲けの主義の論理なのです。

 介護事業へのAI・ICT導入による生産性向上の問題点を斎藤幸平さんは次のように指摘しています。

「ケア労働の部門において、オートメーション化を進めるのはかなり困難である。ケアやコミュニケーションが重視される社会的再生産の領域では、画一化やマニュアル化を徹底しようとしても、求められている作業は複雑で多岐にわたるため、イレギュラーな要素が常に発生してしまう。このイレギュラーな要素はどうしても排除できないため、ロボットやAIでは対応しきれないのである。これこそ、ケア労働が「使用価値」を重視した生産であることの証(あかし)である。・・・中略・・・例えば、介護福祉士は単にマニュアルに即して、食事や着替えや入浴の介助を行うだけでない。日々の悩みの相談に乗り、信頼関係を構築するとともに、わずかな変化から体調や心の状態を見て取り、柔軟に、相手の性格やバックグラウンドに合わせてケースバイケースで対処する必要がある。」

(斎藤幸平2020『人新世の「資本論」』集英社新書p313)

 資本(「価値」の増殖運動)のために、AI・ICT・ロボット、分業等の導入により生産性を向上させようとするのは原理的には、入居者のためでも介護労働者のためでもありません。それは相対的剰余価値、つまり儲けのためです。
 社会福祉法人などの儲け主義的でない介護事業運営体ではAI・ICT・ロボットの導入により生じた時間的余裕を介護労働者がより多くの時間を当事者と共にいられるために使うことが可能となるかも知れませんが、資本主義体制下の営利企業では必ず相対的剰余価値として資本の増殖に用いられるはずです。
 なにしろ、介護事業の最大の支出科目は人件費です。この人件費を如何に削るか、合理化するか、生産性を高めるのかが介護施設の儲けに直結するのです。
 介護事業で進行しつつある、残業、分業、労働者の非正規化、AI・ICT・ロボットの導入等々は全て資本主義の「価値の論理」、資本の自己増殖を動機としているのです。

 全ベッドにセンサーが設置され、1人体制の夜勤時に4台のセンサーが同時に入居者の異常を知らせる。
 夜勤者は茫然と立ちすくむ。
 そんな悪夢が普遍化していくのではないでしょうか。

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