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わたしのオールタイムベスト映画『スティング』の話。

この感覚なんだよ、『スティング』みたいな感覚を味わえる人生が本物なんだよ!
本作を初めて鑑賞したときの底知れぬわくわく感は、身震いするほど美しいものだった。


1973年公開、ジョージロイヒル監督のクライムコメディ映画『スティング』。1930年代のアメリカ シカゴを舞台に、ポールニューマン演じるヘンリーゴンドーフと、ロバートレッドフォード演じるフッカーが仕掛けるコンゲームは、小粋なラグタイムの名曲と、連続したどんでん返しの脚本で、第46回アカデミー賞の作品賞に輝いた本命中の本命映画である。

本作を初めて鑑賞した中学2年の夏、一生をかけて好きでい続ける映画かもしれない、と子供ながらにそんなことを考えた。

今回はそんな『スティング』のやかましい映画語りである。



すべてが完璧なんだよ

本作をまだ観たことがないという人がいたら、まずは1回作品を鑑賞していただきたい。映画の幕開けは、セピア色のユニバーサルロゴと、スコットジョプリンの名曲『ジ・エンターテイナー』だ。本作の素晴らしさは、この開始1秒で決定付けられていると言っても過言ではない。

『スティング』の魅力は計り知れず、役者の演技も、音楽も、画作りも、脚本も、語り出したらキリがない。が、まず第一に伝えるべきは、作品全体に流れる完成されたスピード感である。それは前述した映画冒頭のラグタイムのノリに委ねられ、エンドロールが流れ切る最後の一瞬までペースを乱すことがない。そういうと、単調でつまらない映画、と捉えられてしまうかもしれないが、その単調さを逆手にとった映画が『スティング』だと思っている。

それはどういうことか。
本作の駒の進め方は、ずばり"繰り返し"である。やってはやられ、やられてはやり返す、それはギャングと詐欺師の関係であったり、詐欺師とFBIの関係であったり、FBIと殺し屋の関係であったりと、相手は次から次へと変遷するが、その展開はすべて二項対立の"繰り返し"だ。つまり、一定のスピード感で描かれる作品全体の構図は紛れもなく"単調"なものなのだが、この単調さを駆使することで観客を分かった気にさせる、というのが本作のミソである。

次はこっちね、また次はこっちね、と物語の全容をどんどん分かった気にさせていく。が、これはすべてミスリード。映画の主題曲がジャズの源流ラグタイムの音楽であるように、一定のリズムを刻んでいると見せかけて、そこに決まったルールはなく、その場の雰囲気やノリで転調していくズレた時間(=ラグタイム)が存在する。映画はこのラグタイムのノリと呼応するように展開していくのだ。

このズレが映画のラストで大きく関わってくる、というのが、"すべてが完璧"と言える理由だ。初見時には「やられたぁ!」という爽快感にも似た驚きを感じられる一方で、一度作品の全容を知ったのちは、その虚像の"単調さ"と、実像の"ズレ"の繰り返しに酔いしれること間違いないだろう。

繰り返しとなるが、作品全体に漂うスピード感は既に開始1秒から決定付けられ、観客が安心して『スティング』の世界に入り込める一方で、軽やかに鳴り響くピアノの一音一音と、二項対立で描く物語の"繰り返し"は少しずつズレを見せ始める。

この音楽の特徴とリンクした映画作り、そこで躍動する役者たちのコミカルな演技と、ギャングや詐欺師といった別世界の舞台は、他の映画に真似できない唯一無二の面白さがある。


わたしの好きが凝縮されすぎている

これは完全に個人の好みの話だが、本作にはわたしの好きが溢れてしまっている。(知らんがな)
前述の通り、スコットジョプリンのラグタイムはもちろんのこと、アメリカ シカゴの街並み、ポールニューマンとロバートレッドフォードの"プロ"の仕事ぶりと、そのファッション、人種に捉われない仲間と、義理人情の行動原理、もう、全部が、すき。

そんな好きが溢れる映画『スティング』、既に皆さんもお察しかもしれないが…映し出されるその映像は、そう、あのディズニーランドの姿と重なる点が非常に多いのだ。本作は映画としての面白さが十分すぎる上に、ディズニー好きのわたしの心をチクチクと刺激してくる。そこにはアメリカ文化の輝かしい側面と、監督の凄腕っぷりが遺憾なく発揮されている。

本作の舞台はシカゴだと言った。何を隠そうシカゴという街は、あのウォルトディズニーが生まれた場所、生家がある街なのだ。ディズニーランドといえばカリフォルニアやフロリダだろう?物語の舞台だってサンフランシスコやニューヨークばかりだろう?と思うかもしれないが、その源流はシカゴにあると言っても間違いではない。

軽快な音楽と列車の走る音が合わさり、人々はみなハットにジャケットというクラシカルな装いに身を包む。レンガ作りの建物が並ぶ街並みに、夜のシーンになると、温かみのあるオレンジの電球に彩られ、革靴がコツコツと鳴るアスファルトの路地をぼうっと照らす様は、まさに皆さんが思い描くディズニーランドの姿と瓜二つではなかろうか。

これをアメリカっぽい、ディズニーっぽい、という言葉でまとめ上げるのはあまりに陳腐だが、映画全体に漂うそれは、どこか人々に静かな興奮を与える共通した洒落っ気が見え隠れするのである。

この洒落っ気が、わたしは好きで好きでたまらない。
そしてこの洒落っ気を理解しすぎている人物が、監督のジョージロイヒルなのだ。

パーキンソン病によって2002年に他界しているジョージロイヒル、映画好きにとっては、もはや説明不要の名監督かもしれないが、彼の創り出す世界には、すべて洒落が利いていて、それでいてどこかノスタルジックで、どの作品を観ても、哀愁とユーモアのバランスに長けた人物だったことが伺える。

『スティング』同様、ポールニューマンとロバートレッドフォードの名コンビで描いた『明日に向かって撃て!』はもちろんのこと、ジュリーアンドリュース主演の『モダンミリー』、自身の経験が色濃く反映されているであろう『華麗なるヒコーキ野郎』、ロマンスに全振りした『リトルロマンス』など、作品数こそ決して多くはないが、どの作品にも共通した"お洒落さ"が溢れている。(『ガープの世界』に関しては、常軌を逸した可笑しさがあるけども。気になる人は調べてみて。笑)

揃いも揃ってオシャレすぎるポスターたち。

まったく人の心を掴むのが上手い監督なんだなぁと、その手腕には恐ろしくなってしまうほどだ。

"たのしい映画"を作れる人はそれだけで憧れるし、それを惜しみなく表現してくれるエンターテイメントが、わたしは大好きなのである。


本物が映し出されるとき

話を『スティング』に戻して。
洒落の使い方を理解しすぎているジョージロイヒルの、完璧すぎる映画『スティング』。本作の物語は大きく第1章「The Players(プレイヤーたち)」から第7章「The Sting(とどめの一撃)」までに章立てて展開する。この構成はいかにも物語であり、芝居的で、嘘っぽい。だが、この嘘くさい作りの中に見える"本物"に、わたしは大きく心を動かされた。

では、ここでいう"本物"とは何か。
それは、「楽しい」という感覚の"本物"だと、わたしは考えている。

そんな"本物"を表す印象的なシーンが、詐欺師同士の合図として、鼻の頭をひょいっと触る一幕だ。

ポールニューマン、かっこよすぎ。

詐欺師たちは仲間の敵討ちとして、ギャングの親玉を騙す大掛かりな作戦を練る。その作戦の最中、無言で仲間との連携を図る場面で、この仕草が登場する。嘘つきだらけの登場人物の中で、この一瞬の、この笑顔だけは、紛れもなく"本物"を映し出していると思わされるのだ。

生と死が隣り合わせのコンゲーム、嘘に嘘を重ねた失敗の許されない、完璧さが求められる世界。それは何も映画の中の話だけではない。我々は詐欺師でも、ギャングでも、FBIでも、娼婦でもない(はずである)が、厳しい現実を生きているという点では似通った部分が大いに存在する。

しかしそれは、決して苦しい物語というだけでもない。仲間との"嘘"を創り上げていく楽しさ、何かデカいことをやろうとする楽しさ、すべてのピースが綺麗にハマっていく楽しさ、そんな楽しさに溢れていると、本作はその"楽しい"という側面を忘れることなく映し出している。

置かれている状況はすごく大変なんだけど、なんだかおかしくて。
失敗したらまずいんだけど、なんだか楽しくて。
「やばいな~」と言いつつも、何かその状況を楽しんでいる、そんな感覚をきっと皆さんも感じたことがあるだろう。
緊張の中から生み出される、真の楽しさとでも言おうか、本作はその複雑な心境を、鼻を触るという仕草を象徴として、見事に映像化している。

それと同時に、そう!この感覚なんだよ!『スティング』みたいな「楽しい」という感覚を味わえる人生が本物なんだよ!と、わたしの中で何か大切な価値観が形成された瞬間でもあったと思う。

わたしにとって、初めて本作を鑑賞した中学2年の夏というのは、世の中の理不尽に激しくぶつかったときだった。「楽しいか楽しくないか」が、わたしのアイデンティティを形作る重要な要素として確立し『スティング』はそんな裏付けとも言える一作になった。

"本物"が見える映画というのは、決してそう多くない。
実話ベースの感動ヒューマンドラマを描いているからといって、そこに"本物"が映し出されるとは限らない。他方、娯楽に全振りしたクライムコメディ映画に、"本物"が見えないとも言い切れない。

それはいつ何時あなたの目の前に現れるか分からないし、どの映画がその感覚を呼び覚ますか分からない。その人にとってのオールタイムベスト映画は、誰かにとっての駄作かもしれないが、どんな映画であれ、あなただけの特別な1本があるということは、幸せなことなんだろうなと思う。
わたしにとって『スティング』は、どんな状況下で観ても、楽しくて楽しくて堪らない作品、そう、オールタイムベストなのである。

そこに感じる"本物"を愛していたいのである。



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