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正月はじめ 読書での気づき

はじめまして!本日初投稿ということで、Ashfieldと申します(新年明けたら早速始めるぞ!と意気込みつつ、気づけば7日も経っていました...恐るべし(汗))。どうぞよろしくお願いしますm(_ _)m

昨年度、ひょんなきっかけでシェアハウスに入居し始めたということもあり(後日その生活ぶりをご紹介します!)、自分の悩みや考え方について思いを馳せる時間が増えたように思います。

今までの自分は、どちらかと言えば人と長時間一緒にいるのが苦手なタイプだと思っていました。しかしいざ、シェアハウスという環境で人と過ごしてみると、案外楽しいのだということに気づきました。

ではなぜ人といることがあまり嬉しく思えなかったのか。それは、集団で過ごしていると、あらゆる点で自分と他人を比べ、無意識のうちに優劣をつけ、自分の首を絞めていたからではないか、と思うようになりました。

偶然、書籍聞き流しアプリで、久賀谷亮さん著、「世界のエリートがやっている 最高の休息法」を読んでいたところ、ジャッジメント思考ノンジャッジメント思考という言葉に出会いました。

そこでなされていた議論を受け、自分の解釈を端的にまとめると、ジャッジメント思考とノンジャッジメント思考、どちらが良い悪いというものではなく、ある場面では一方、ある場面ではもう一方と使い分けるのが、自分には合っているのではないかという結論に至ったのですが、このジャッジメント思考こそが、自分が集団にいる時に陥っていた思考状態だったのだと気づきました。これを無意識に振り回して、心が辛くなっているけれど、それをどう表していいのかわからない、「自分ってなんだかナア。」と感じている方に、是非こういった思考があるということを知ってほしいとも感じました。

そう簡単に人間の考え方は変えられるものではありませんが、集団にいるとき、比較しそうになったとき、ノンジャッジメント思考に切り替えられるようになれば、心が楽になり、楽しめるのではないかと思いました。

また、こんな一節もありました(言葉の使いようは少し変えています)。

考えに対して傍観者であり続けよ。考え自体を自分自身と思いがちであるが、そうではない。自分はあくまでも入れ物、容器である。駅とそこに走る電車を同一視しないのと同じように、沸いてきた雑念と自分自身を同じものとして見る必要はない。自分の心は、電車たちが行き交うプラットフォームである。どんな電車が入り込んでこようとも、プラットフォームは変わらない。考えがクヨクヨしていても、堂々巡りしていても、それはいっとき訪れた電車であり、恒常的にあなたがそういう人間というわけではない。自分がその雑念の乗客になる必要はないのである。

出典:雑念が疲労を呼ぶーモンキーマインド解消法|世界のエリートがやっている 最高の休息法――「脳科学×瞑想」で集中力が高まる|久賀谷 亮|Audible Studios

深く考え込むほど、自分はいつも悩みがちな人間だなと考え、どんどん嫌になってくるという経験がある方も少なくないと思います。しかし、その「いつも」自体が間違っているのだということを、たとえ悩みの渦の中にいたとしても、一歩下がったところから落ち着いて見ることができれば、幾分気持ちも楽になるのだということだと解釈しました。

ただ、少なからず人間は思考に偏りがあり、同じような系統の電車(悩み、もやもや)が通っているなという感覚があるならば、ストレスの原因となっている認知や思考の偏りを加工しやすくするための工夫をすることができるそうです。そのためにはまず、その原因に名前をつけ(ラベリング)、その後、以下に挙げるような五つの対処法のうち、有効そうなものを試すことで、度々現れる悩みにうまく対処することができるようになるといいます。

対処①:捨てる(もうこの思考は十分聞き飽きたっ)

対処②:例外を考える(その考えが当てはまらないケースを考える。同じ前提を置くのをやめてみる)

対処③:賢者、尊敬する人の目線で考えてみる

対処④:良し悪しで判断するのをやめる

対処⑤:その考えの由来を探る(自分の満たされていない願望(Deep needs)を探る)


次回は同書籍で出会った、タスクオリエンテッドという考えについて、ご紹介したいと思っています。Ashfieldでした!次回も気が向いたらチェックしてください~!


文献名:世界のエリートがやっている 最高の休息法――「脳科学×瞑想」で集中力が高まる|久賀谷 亮|Audible Studios


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