麺族興亡史・シドニー乃巻
麺族:粉を練ったものを細長く切った「麺」を武器として各地を征服する種族。「麺」の種類により様々な党派に分類される。
豪州の主要な街、シドニーは海に囲まれていたこともあり、長い間麺族とは隔絶され、平和な営みを送ってきた。
しかし、平和は続かないのが世の流れ。太平の眠りを覚まし、ついにこの街に侵入したのは…
伊太利亜党であった。
武器の名は、でゅらむ・せもりなという材料で作成された「ぱすた」という。武器の素材よりも、細長、円筒形、平面などといった武器の形状に主眼を置くのが特徴である。突けばぐずぐずに崩れるような「ぱすた」であっても、それに対抗できる武器がこのシドニーの地には存在しなかったため、この伊太利亜党による独裁が長い間続いた。
ちなみに、この武器にとっての決定的な要素である、「ある・でんて」という知識が到来したのは、かなり後になってからのことであったという。
次にやって来たのは、中華党であった。
長らく伊太利亜党の支配下にあったシドニーの民は、喜んでこの党派を受け入れた。主な武器は、「雲吞麺」、「炒麺」といったものであったが、彼らも武器の質の向上にはさほど力を入れず、伊太利亜党に対する第一野党的な地位を甘受するにとどまっていた。
さて、長きにわたりこの二党並立状態が続いたシドニーであったが、近代に入るにつれ、これに飽き足らない不満分子たちがこぞって蜂起し始めた。
まずは、中華党の圧政に苦しんでいた越南党である。
牛の骨を煮込んで出汁を取った「ふぉー」なるものを武器に、主に難民に変装しつつシドニーの地に潜入し、ゲリラ勢力として殴り込みをかけた。従来の概念を覆す米を使った麺、ナマの牛肉、モヤシおよびバジル葉をぶち込むという一見収拾のつかない武器であったが、長らく二党並立の下にあったシドニーの民は、これを喜んで受け入れた。
そして、馬来西亜党である。
高温多湿な土地柄を背景に、干しエビの出汁を使い、ココナッツミルクにカレーという前代未聞の組み合わせのスープ、卵がたくさん入った太麺と、米を使った極細麺がなぜか必ず混じっている「らくさ」という秘密兵器をちらつかせつつも、比較的平和路線を志向して既存勢力に分け入っていった。これは今までの党派の武器とは全く異なった概念で、元よりカレー好きであった「えげれす」系の多いシドニーの民も、これをおおいに喜んで受け入れたのであった。
こうとなれば日の出づる国党も黙ってはおられない。実はこの種族、かなり前からシドニーに潜入はしていたのだが、カネにものを言わせておのがコロニーを設営し、現地民と積極的に交わる気はさらさらなかった。
ところが、全地球的に「らあめん」なる武器が人気となるに至り、こうしてはならないとついに重い腰を上げ、ひとかぜ堂なる大手派閥が討ち込みを果たす。このような護送船団方式を取るところが、いかにもこの党らしいやり方ではある。
この武器の秘伝は「とんこつ」なる、豚の骨を長時間にわたり煮込んだ物質であった。やれ何時間煮るだ、門外不出の「たれ」製造法だ、麺の茹で加減はなんちゃらかんちゃら…と、やたら細かく、能書きにこだわるのが如何にもこの党らしい。
こうしてシドニーにおける麺族は、弱者は強者の軍門に下るか、座して滅びるのを待つのみという諸党派割拠・戦国時代に突入したのである。
はてさて、この後シドニーの地を束ねるのはいずこの党派になるのか。情勢は混迷を極めており、筆者にも予想がつかない。覇権を巡り、戦いはさらに続く…。
(シドニー乃巻・了)