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アフターコロナの自分をソウゾウしてみる


ー なんとか、思い出してみる。ビフォアーコロナの世界を。ー


しかし、あの頃の生活が遠い過去のように思えて、パンデミック以前の日常をリアリティーを持って思い出す事がいつの間にか困難になっている事に気づく。

たった数ヶ月前のことなのに、それはとても遠い出来事の様に思え、僕じゃない僕に似た誰かが僕の代わりにあの頃の僕を演じてくれていたんじゃないか、もしくは2月のヨーロッパツアーから日本に帰ってくる時に空港で間違えて変なゲートをくぐってしまってパラレルワールドに紛れ込んでしまったのではないか。。。とついついそんなとりとめもない想像をしてしまう事すらある。

しかし、外に出れば行きつけのラーメン屋に毎度ありがとうございますと言われ、メールボックスを開けば休会中だったジムから営業再開のメールが届いている。
やっぱりあの時の僕と今ここにいる僕は、紛れもなく同じ時間軸の中で生きているようだ。

大げさに思われるかもしれないが、それぐらいに"向こう側の僕" と "こちら側の僕" に今、大きな隔たりを感じている。


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PARADIGM SHIFT(パラダイムシフト)


という言葉があるが、まさにこの言葉が僕が今いる状況をうまく表してくれていると思う。



このパラダイムシフト、例えば千数百年常識とされていた天動説に対して地動説が唱えられ、今ではそれが世界の常識になっているように、世の中のマイノリティーとマジョリティーが大逆転するような出来事に対して使われる。

簡単に言えば

"自分にとっての当たり前、そして世の中にとっての当たり前を見直す"

みたいな事だと認識している。例えば自分のいる音楽シーンに話を置き換え、私見で4つの例を出すと以下のようなものがあげられる。

①お客様を前にライブをする事が当たり前の事のなのか。
→ライブの一体感はオーディエンスがいてこそのことだし、お客様の有り難みも痛いほど感じたのがこの期間でした。しかし、ライブ配信によって日本全国各地のファンからリアルタイムでコメントが入ったり、イギリスやブラジルのファンから観たよって連絡が来たり、ネット環境さえあれば物理的な距離に縛られる事なく、音楽を生で届ける事ができるようになった利点などもある。野球中継のように画面の向こう側でお客さんが好きな銘柄のビールとかおつまみ用意して、好きな仲間呼んでライブ楽しむとか、僕はある意味素敵な光景だと思う。

②プロのミュージシャンは音楽だけで食えて初めてプロの音楽家なのか
→海外に行くといろんなタイプのミュージシャンがいて、日本でも最先端のアーティストほど広い視野で音楽と関わっている。
そもそもメジャーとインディーズの垣根がなくなりつつある今、商業主義ではなくもっと本質的な音楽の楽しみ方や在り方がもっともっと海外のように日本にも普及したらいいのにな、と思う。(本質的な音楽とは何か、ちょっと深いテーマになってしまうので、ここでは華麗にスルーしてくださいね)
正直、このままソーシャルディスタンスの世の中が半年、一年、と続くのであれば、ミュージシャンは今までのようには生活が営めず、必然的にやり方の改善を迫られることになるでしょう。

③拠点がないとバンド活動はできないのか
→ローカルなファンが増えたり応援して貰えたりと、もちろん拠点はあるに越したことはないが、活動範囲が広がったり、拠点がない事の利点もあるのではないのか。ちなみに私のバンド、THE SYAMISENISTは毎週のリモートミーティングをコンスタントにやって来た成果もあり、SNSやYOUTUBEのコンテンツが活性化して、ビフォアーコロナの頃に比べてファンやフォロワーの増加に繋がった。

④音源や動画などのコンテンツは有料であるべきか
これはもう10年以上も前から尊敬するレディオヘッドが問題提議していたが、消費者がドネーションという形でものの価値を決めるという形も面白い形だと思っている。
数千円というチケットを買ってライブに行くのにはもちろんリスクがある。期待していたライブが全然ダメだった場合の帰り道は切ない気持ちになるし、ライブハウスの出す酒が不味かったらちょっとテンション下がりますよね。
逆にそこまで期待していなかったバンドがめちゃくちゃいい演奏していたら、こんなチケット安くていいの!?って経験みなさんあると思う。
その辺含めて、音楽の価値ってのは誰かに押し付けるものではなく、もっと放牧じゃないけど、リスナーに委ねちゃうっていうワイルドなやり方も面白いと思っている。キャッシュレス化が進むにつれてそのシステムも作りやすいと思うし。


以上のように、それが正解か不正解かは誰にもわからない事なんだけど、当たり前を一回見直すって習慣は普段から身につけておきたい事だなって思う。

あえてパーソナルな形でパラダイムシフトという言葉を流用させてもらうとすると、僕の場合それは非常に多く、人生の中で今回のコロナ禍を除いて"3回"あったと記憶している。


1回目:2003年晩夏
松本少年はアコギ一本持って東海道線に飛び乗り、宛のない旅に出かけた

10日ほどバイトの休みを取って、JR平塚駅から電車に飛び乗り、思いついた場所で適当に途中下車して、最終的に京都を目指すというもの。
この旅ではいきなり旅の初日に静岡市で偶然に憧れている著名なミュージシャンに出逢い、一対一でお茶をさせてもらって本人から人生の進言を賜る。という稀有な出来事が起こり、人生観が大きく変わった。
音楽が引き起こすマジックや、行動することによって起因する奇跡的な出来事の発生を人より信じやすく、また引き寄せやすい性質の人間に生まれ変わった。

2回目:2006年夏
ある日僕は幽体離脱をした

”愛犬が大聖堂で黒服の男たちに囲まれる” という極めて意味深な夢を見て、その直後、僕は宙に浮いた。
なんとか必死に元の体内に戻った瞬間に"壮大なオチがある伏線だらけの超大作映画"を見た後のような、大きな裏切りを受けたような感覚に見舞われた。
それは「これまで視覚を通じて見てきた現実だと思っていた世界はまるっきり嘘で、本当の世界はあちら側にある」という人に話したら変人とも思われかねない、でもその時の自分には絶対的な感覚だった。
(時間の経過とともにその感覚は奪われていってしまうのだが、、、)

3回目:2010年6月。
初めての海外一人旅、インド1ヶ月。

25歳の時にバイトで貯めた資金でインドを1ヶ月バックパッカーで周遊した。見るもの全て、出会う人全てが、感じるもの全てが初めてのものばかりで、カルチャーショックの連続であった。
大好きなCaravanというアーティストの歌詞に、"手のひらが汚れて行くその度に少しだけ自由になれた気がしたよ" という一節があるが、まさにとても綺麗とは言えないインドを北へ南へ旅した1ヶ月間、牛糞だらけの地面をビーチサンダルで踏み込むごとに、育ってきた日本で無意識に培われてきたルールや価値観が音を立てて崩れ、本来の自分が解放されたような、そんなEye-Openingな旅となった。
それから一年経たないうちに東日本大震災が日本列島を襲い、世の中も随分と変わった気がする。


そして、震災から10年、今、コロナウイルスによって、世の中、そして自分自身が大きく変動しようとしている。


ー なんとか、創造してみる。アフターコロナの世界を。ー


WHAT'S YOUR NEXT MOVE!? JACK!

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先日、ムンバイのアーティストKARAN KANCHANと翻訳とナレーションでコラボしました。こういったこれまでに無いタイプのお仕事のお導きがあるのも、自分の中のパラダイムシフトが起因しているのでしょうか。


#収束後のより良い世界を願って    寂空













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東京を拠点にワールドワイドに伝統の枠をはみ出した活動を展開しているシャミセニスト。 エレキ三味線を使った多彩なアプローチで、自身がリーダーを務めるTHE SYAMISENISTでは世界遺産での演奏からロックフェスティバルに至るまで、ジャンルレス、ボーダーレスで活動を展開している。

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