マガジンのカバー画像

「Home」家族のこと

7
主に昔の家族のまとめ。
運営しているクリエイター

記事一覧

茅場町編それから

茅場町編それから

先月の茅場町編↓

実際、生まれ故郷では正確には19日間しか過ごしていないらしいので(しかも生まれた病院は新宿区)、
私に茅場町成分は、ほんのひとっ垂らしくらいしかないけれど。

小さい頃は、
「あんたは日本橋の橋の下に流れて来たんだよ…」
と、よく母に冗談言われていた。
モーゼか?

それでも私は茅場町で生まれた。と、最近自分で自分に言い張っている。

そこは、産院から帰って来て「さあ、ここがオ

もっとみる
地下鉄のタイムトンネル・茅場町編

地下鉄のタイムトンネル・茅場町編

広いニッポン、まだ見ぬ景色はいっぱいあるから、未知の場所にも行ってみたい…

などと言ってるそばから、また地下鉄のタイムトンネルで懐かしい故郷?に行きたくなって、
今回は、日本橋茅場町へ。

でも、私はここで生まれてほんの20日くらいしか住んでいないので記憶は全然無い、未知といえば未知の場所。

小学生の頃までは、この界隈には曾祖母の家や父の仕事場があったのでよく行ったけれど、
まだ子どもだったか

もっとみる
酒飲み父さん酔っぱらい母さん(本編)

酒飲み父さん酔っぱらい母さん(本編)

前回の前置きが長過ぎて、たぶんこれから書く本編の方が短いような気がしたけれど、そうでもなかった。長いです。

【母とお酒】

母のお酒はピッチが速い。
あまり強くもないくせに、飲む時はクイクイいってた。
若いころから曾祖母の店で働いていたためかお酒は好きで、しかも少しでも飲むとすぐに「あ、飲んだな」とわかりやすかった。

大人になってからも私は自分が飲まないので母と飲み交わすこともなく、結局母のお

もっとみる
酒飲み父さん酔っぱらい母さん(前置き)

酒飲み父さん酔っぱらい母さん(前置き)

母の誕生日がきた。
生きていたら91歳。祖母が亡くなった歳。
惜しかったね〜、もう少しで祖母を越えられるとこだった。
でも命日は母が大好きだった曾祖母と同じ日なのできっと鼻高々でしょうな。

誕生日なのにうっかり何も無かったので、仏壇にりんごとみかんとお酒。
りんごは長女の旦那さんの家からの頂きもの。みかんはうちの庭の。お酒はお正月の唐揚げの漬け込みに使った残り。ひゃ~、スミマセン。
来月からはち

もっとみる
ガランとした茶の間にて。

ガランとした茶の間にて。

10月20日、母が亡くなりました。
この日は母の養母の母(私のひいお祖母さん)の命日なので、母は大好きだったあの『お母さん』(と母は呼んでいた)に「もうこっちにおいでよ」と呼ばれたのかもしれない。
そう思うとちょっとほっとした。

頑張り屋の母がここ数ヶ月で一気に弱り、寝たきりになって痛いとか苦しいとか言うようになった。
昼夜逆転もしてきて、いよいよ介護認定を申請してからの体制の動きも早かったけど

もっとみる
母と家族と父

母と家族と父

母のアルバムと一緒に、台紙の付いた家族写真がしまってあったのを見たことがある。
知り合いの結婚式でうちの両親が初めて仲人をやった時に、ついでに撮った記念写真だという。
その頃に出来たばかりの結婚式場「三福会館」の写真室で。

4歳くらいの私も写ってた、全然覚えていないけど。
へぇ、家族写真なんて撮ってたんだ~、とちょっと意外だった。

そのあらたまった写真を見て、あ、そうか、
もう随分と昔だけど、

もっとみる
母とテレビ

母とテレビ

母は朝御飯と昼御飯は自分で用意して1人で食べる。

その時のスタイルは、テーブルに対して横を向いて前方のテレビに向かって椅子に座り、片手にお皿、片手にパン、または小丼とお箸を持ち、姿勢良くテレビを見ながら食事をする。
お行儀が悪いとか消化に良くないとかいうことはこの際横に置いといて、このスタイルがもう数十年、シックリきているようだ。
母にとって、1人のくつろぎタイムも食事タイ厶もイコールテレビタイ

もっとみる