さみしくて孤独で必要とされたかった話


2記事目!!


さて、、、


私はいつもさみしい。


さみしくなんかない!孤独じゃない!


って思ってきたけれど、この際認めてしまおう。


私はいつもさみしい。


孤独だ。


ものごころついた時から

すでにさみしかった気がする。





なぜかと問われたら


親から受けたかった愛情を

私が必要としたかった分を


「もらえなかったから」と


勝手に怒っているからであり、



ひたすら人間関係に不器用で臆病で


本当の自分のまま

人々と向き合ってこなかったからである。






こう書くとひどく面倒な性格であるなぁと

自分でも思う。



私はずっとさみしかった。


なんだか自分の中がからっぽで

振ってもカランとも音をたてないレベルで

からっぽだと感じていた。


そりゃそうだ。


本心で生きていないのに、自分の中に積み重ねていけるものなど作れるはずがない。



だから私は長らくからっぽだった。



一人暮らしを始めて間もない頃

自分がなにも持っていないことに恐怖して

よくベッドの上で泣いていた。




ずっとからっぽだった。


その空洞をなにかで埋めることに必死だった。



その場かぎりの友達、無理やりつめたスケジュール、他人から見ていかに幸せに見えるかに重きをおいた行動。




嘘をたくさんついた。


元気なふり、悲しくないふり、

楽しいふり、愛想笑い、

相手の欲しそうな思ってもいない言葉、行動。


いつも苦しかったが

その原因を自分で作り出していることにも

気づいていなかった。


たださみしくて

自分を偽ってでも愛されたかったのだ。



自分を偽って手に入ったものは

八方美人で嘘つきの称号と

自分の本心が分からなくなるくらいの演技性だった。


孤独だった。


今より数倍は孤独だった。








眠れない夜に頭の整理。



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