くすぶり続けた3年弱のリアルな記録
嫌だけど書きます。
タイトルの通り、この3年弱くらいの間に僕の中に起きている出来事について。
書こうと思った理由は、さっき呼吸法のトレーニングをしていた時にふと湧き上がったことだったから。そして、これが必須事項のように感じたから。ただそれだけ。
僕の中ではこの3年弱は生殺しのような地獄が続いている。光は見えてるけどまだ抜け出せている感じもない。水中から水面は見えているのにずっと浮かべずもがき続けるかのような感覚。
そんな状態をあえて表にさらけ出してみることにした。
2021年5月 「もう無理」
急にアイデンティティクライシスが起きた。これまでの自分が積み上げてきたと思っていたことが、実は何も積み上がっていないんじゃないかと感じてしまったのだ。
当時、仕事は普通にしていたし、法人化して1期目で仕事の調子自体は別に悪くなかった。
だけど、僕の中では大いなる行き詰まりを感じていた。当時のやり方で進んだ道の先に僕が生きるステージはないと感じてしまったのだ。
当時29歳。
23歳で独立後、いきなり詐欺にあい、借金を背負ったところからはずっと仕事一直線だった。最初の動機は「お金稼がないと詰む」だったが、がむしゃらに仕事を取り組むうちに仕事がとても楽しくなっていた。
6年ほどがむしゃらにやれていたあの時期はある種の確変モードだったと思う。社会的に見ればそこまで突き抜けた結果を出せてはいなかったものの、仕事は楽しいしやれば何か結果が出る。一時的に心が壊れそうになっていた時期はあったものの、どこまでいっても楽しい。
仕事だけに打ち込んでいたい。もっとお金稼ぎたい。そんなモードで仕事を続けていた。
それが急に終わりを告げたのだ。
ひねくれたものの見方が止まらない
個人で事業に取り組む中で、いろんな闇を感じていた。
例えばこの記事とか。
今、改めて読んでみるとその通りだと思うところもあれば、「視野が狭いな若造よ…」なんて思うところもある。
全ての物事には表裏、陰陽があり、良いところもあれば良くないと感じるところもある。さらには、商売は人と人との関係性の中で行われるものなので人間的な相性も良し悪しに影響する。
当時の僕は、まだ物事の裏側、闇側を受け入れる度量がなかった。その度量がなかったが故に闇側にスポットライトを当てすぎて心が苦しくなっていた。
僕は人を不幸にすることに加担しているのではないかという思い込みが強かったのだ。喜んでくださる方々が目の前にいるにも関わらず、つくづく失礼な奴だとは思うが、そう思う自分を止めることはできなかった。
2021年12月 「卒業宣言」
闇に耐えきれなくなった僕はSNS起業的なやり方辞めますという宣言をし、卒業企画を作った。その宣言には多くの共感が集まり、Facebook投稿1つで250名以上の方がメルマガ登録してくれた。(普段は多くて50名とかだったのに)
その経験もあって、「僕の進む道は間違ってない!」なんてことを思っていたのだが、当時その先のことは考えられていなかった。
辞めたらなんか思い浮かぶだろう。そんな状態だった。
卒業宣言の少し前、公開婚活という企画をやっていた。
僕が人生で一度はやってみたかった企画を形にしたもので、以前からの知り合いで今も仲良くさせていただいている方の婚活をプロデュースしたのだ。
するとまさかの真剣交際に至り、「これならビジネスになるかもしれない!」なんていう血迷った考えが生まれていた。
2022年1月:生き急ぎました
卒業宣言したのはいいけど次にやることは決まってない。のんびりしてたら資金も尽きるしなんかやりたい。
「そうだ!公開婚活うまくいったし婚活をビジネスとしてやろう!!」
当時の僕は紛れもなく本気だった。面白いし斬新だしこれはいけるんじゃ!?なんてことを真剣に考え、計画も練っていた。
実際に3名の方の公開婚活も企画・実施した。
2022年5月:あえなく撤退
▼撤退表明記事▼
僕が当時、第三者として僕を見ていたら「あー、彼は血迷ったな。」と思っていたことであろう。
今振り返ると本当に血迷っていたのだが、当時の僕は本気だったし、「あいつ血迷ったな」的なことを感じてる人たちを見返してやろうとすら思っていた。
まあ、撃沈したけど。
公開婚活をやったことに後悔はない。ただ、生き方として、ビジネスマンとしては大いにズレていたなと反省はしている。
自戒のためにも「2022婚活事変」とでも名前をつけて記憶に残りやすいようにしておこうと思う。
「生き急ぐとロクなことがない」なんてことは多くの先人が証明してきた人生の教訓なのだが、僕は教訓にできなかった。我が身を持って教訓を得ることとなった。
2022年7月:結婚
公開婚活を撤退後は、元々やっていたディレクション、コピーライティングの仕事を再開した。
おかげさまで仕事をいただくことができ、改めて収入を得られるようにはなっていたが、まだまだ僕のくすぶりが終わった訳じゃない。
そんな中でも良かったことは、2021年後半での迷いや一時停止のおかげで29歳までの突っ走り期間では得られなかった幸福感や安心感を感じられるようになっていたことだった。
そんな最中に結婚。
結婚式やパーティー、引っ越しでバタバタの日々を過ごしていた。そうすると何が起きるか。
お金がかかる。そりゃそうだ。
当時のことをよく言えば、必要な資金分はきっちり揃うように宇宙が采配してくれているような状態だった。(※世間的には自転車操業と呼ぶ)
2023年:今年こそは飛躍するぞ!と思ったが
くすぶり感が拭えぬまま迎えた2023年。今年こそは抜け出してやる!と息巻いてスタート。
しかし、現実は甘くなく、自分にとっての火の付け所が見えず、試行錯誤の日々。
・右腕代行
・才能発揮
・エンタメ型プロモーション
など様々な企画を考えて実行した。
どれも惜しい感じで、自分にとっての完全ど真ん中!!とはならなかった。やはり何か芯を食わない。
PCに向かってはフリーズ。企画を作っても違う。何より仕事に集中できない。
結果、漫画とYouTubeに時間を食われ、煮詰まりすぎたらサウナに行って現実逃避となかなか思うようにことが運ばない日が多くて辛かった。
また、相変わらず資金的な余裕が生まれるかと言えばそうでもない。2度の海外旅行やいくつかの自己投資をしてるので、なんだかんだ回ってはいるのだが、結構お金周りに関してはしんどい1年だった。
仕事はモヤっていたけど、可能性はかなり開けた1年だった
2023年もなんかまだくすぶってるなーという感じだったが、良いこともあった。
生き方や考え方の幅を広げる大きな出来事があったのだ。
①過去の自分だったら絶対に興味を持たなかったであろう、セッション技術を学ぶスクールに参加
②生まれ持った才能に沿って生きるための学びの場所に参加
③キプロス・エジプト旅行
などなど。
2023年末:ピースがハマり始める感覚を掴む
2023年12月のキプロス、エジプト旅行での体感が僕のものの見方に大きく影響を与えた。
EXSENSEという社名で「内なる世界を解き放て」というスローガンを掲げながらも、やりきれていなかった部分が明確になった&このスローガンを実現するためにどうすればいいかが見えてきたのだ。
・具現化ではなく顕現
・感覚ファーストで思考は後から
・目標よりも願い
・相手のハンドルを奪わない
・今までは毛嫌いしていたけど、見えない世界のことを発信しても大丈夫
という風に仕事に対する考え方の転換が起きた。
その体験をもとに内的世界の解放セッションを提供開始。徐々に手応えを掴み始めている。
現在:完全にハマったかと言えば・・・、もう少し粘ろう
年末の旅行から約2ヶ月。
このまま勢いよく抜けられるか!!と思ったが、まだ何かがずれている感がある。2021年5月の頃と比べるとすこぶる良くはなっているし、2022婚活事変のように血迷うこともない。
ただ、もう一歩あと少しな感じが、
手が届きそうで届かないこの感じがとてももどかしい。
もどかしいけど、足を止めるわけにはいかない。
僕は僕の信じた道を進むだけ。
間もなくくすぶり感を感じてから3年になるので、今年こそは本当にくすぶり感なく、スカーーンと生きられるようにしていきたいものだ。
半年後くらいにこの記事を見たときに、「あのとき良く頑張ってたね」と言えるように。
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