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「大きなもの」の存在を仮定し信仰しながら仕事をすることについて私論

「サムシング・グレート」とも言える、人間には計り知れない叡智の存在をこの言葉で提示したのは、遺伝子学者として著名な村上和雄氏(筑波大学名誉教授)が最初だったのではないかと思います。

ただ、こうした叡智の存在を肯定する――言ってみれば「叡智の信仰」を明に語ると、日本では「宗教か何かやっているのか」と嫌悪される向きも強いかもしれません。

その嫌悪を恐れずに言えば、人間よりも大きな偉大なる知性――大自然、地球、宇宙を司っている叡智の存在がいるかもしれない――という仮説を立てたうえで、それに対して胸を張れるような仕事をしようと決めることは、例えばたった1つの民間企業が開発した技術が人間社会に大きな影響を与えうるようなこの時代において、特に大事になってくると考えます。

なお、私自身は現存する特定の宗教団体には入っておらず、またそれら宗教団体に基づいた信仰もしていません。正直に申し上げると、既存の宗教団体に入っている人も、あまり信用していません。その理由は、過去、そうした人物に、いわゆる神仏の存在をたてに特定の考え方、感じ方、行動を強制された経験があり、ひどく怒りを感じたためです(怒りを感じるのは当然で、これは重大なハラスメントに当たります)。

そうした私の経験と立場をここで明示した上で、以下の話を展開することをお留めおきください。

■科学技術の専門家が信じる「大きなもの」

もうかなり昔の話ですが、米半導体大手インテルのパット・ゲルシンガー氏に取材をしたことがあります。彼は若くして同社の主力製品であるCPU「80486」の開発責任者を務め、その後は別の米IT企業に転じて社長を経験後、再びインテルに戻って、CEOになりました。

当時のインタビュー時、ある人から耳にしたのですが、ゲルシンガー氏には「信仰と仕事」というテーマを扱った自著があり、大きなもののために仕事をしているとの趣旨を記していたのだそうです。(裏とりの調査はしていないまま書き記しています。詳細が分かる方はぜひお教えください)

米アップルの創業者であるスティーブ・ジョブスは20世紀前半から半ばに活躍したインドの哲人・ヨガ指導者であるパラマハンサ・ヨガナンダの著書を愛読していたといいます。ジョブスは禅や瞑想に傾倒していたと言われていますが、おそらくですがヨガナンダが設立したアシュラム(寺院)などに通っていたのではないでしょうか。ヨガの背後には古代インドに端を発する宇宙的な視点があり、そこにはいわゆるサムシング・グレートと言われる存在への認識も含まれます。

また、私の親族で物理工学の博士号を保有している人がいるのですが、その人は物性の研究者として国立研究所で研究をしていた経験があります。以前、「物の原理を突き詰めて調べていくと、そこには今の人間の知性では認知し得ない、計り知れないほど大きな意思があるのではないか、という考えが頭をもたげてくる」という主旨のことを述べていました。

おそらく、特定の領域を極めれば極めるほど、そうしたものの片鱗が見えてくるのかもしれません。

「大きなもの」に貢献するという気概をもったキーパーソンがビジネス界にいる(いた)という事実は、我々市井のビジネスパーソンも強く気に留めるべきことではないかと思います。

私は瞑想を20年ほど続けています。この瞑想というアクションは、丹念に続けていくと、従来型の理論では説明しきれない認識を少しずつもたらしてくれます。不思議と「メタ認知」と言われるような自己を客観視する力が向上すること、また、いわゆる西洋医学的な知識では説明しにくい光のようなものを自分の内側で発見することなど、様々です。

こうした経験を積むと、理屈では語れない心の平和が高まるのとともに、「自分だけでなく、周囲の人々や、社会や、何か大きなものに貢献できないだろうか」という気持ちが理由なく少しずつ湧いてくるのが不思議なところです。

近年、ビジネス分野においては倫理性を問われるような事象が多々起きています。そうした望ましくない行動は、自然、地球、宇宙を司る「大きなもの」への尊敬と貢献の意図がないゆえに、起きているのではないでしょうか。

人は絶対と言っていいほど間違いを繰り返す存在ですが、もしかしたら日々少しでも「大きなもの」を意識することで、そうした間違いは減り、この混迷した時代において確かな貢献ができるのではないかとも考えます。

瞑想については、下記も御覧ください。

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