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悪役列伝:ハデス――ゼウスをぶっ飛ばしたいワケ――

友だちにしたい悪役を探して

 僕はこれまで、『アラジン』のジャファーを皮切りに、昔観たディズニー映画をはじめとする映画をもう一度観ては、一緒に酒を酌み交わしたい悪役を探してきた。(と、言いつつ、実は最近筋トレにハマって映画を観る時間を取らずにいて、悪役列伝にあたるものは2つくらいしか記事を書いていないのだが)

 これまでで友だちにしたい、酒を酌み交わしたいと思った悪役は『アラジン』のジャファー一人。『美女と野獣』のガストンは時代の価値観を代表する男であったが、あまりにも不愉快な野郎だったのでさっさと谷底に突き落としたい悪役として僕の脳内アーカイブに登録されることとなった。

 実はこうしたディズニーヴィランズの他にもチェックが進んでいる悪役もいて、そちらについても近々書こうと思っているのだが、まずは先日視聴した新たな悪役について書きたいと思う。

 観た映画は『ヘラクレス』。悪役は死者の王、ハデスだ。

 実はこの映画を、僕は今回初めて観た。そして僕はまた一人、友だちを得た気がしている。

映画『ヘラクレス』の見所

 映画『ヘラクレス』はテンポの良さが心地よい。
 ものものしく重厚な神話語りから始まるかと思わせておいて、ミューズたちがノリノリのミュージカルで導入部分を引っ張ってくれる。
 シーンのひとつひとつがダラダラせず、お約束の受難のシーンなんかもサッと始まってスッと引くので、心が疲れた僕にも優しい作りになっていた。

 驚かされたのは、ヒロイン・メグの魅力だ。
 艶やかさと純真さ、強さと儚さを兼ね備えた最強のヒロインに見える。水辺の怪物に物怖じしない胆力と、裏でハデスと通じているミステリアスさを見せてきたかと思ったら、実は昔恋した男のためにハデスに魂まで売ったのに男に裏切られて心を閉ざしているとか、「人間は馬鹿なことをするものよ、恋をするとね」みたいな台詞を言うとか、ああー、すごいぞこのヒロイン! いろいろとてんこ盛りすぎて恋をしてしまいそうだ。ディズニーの『ヘラクレス』を脳内の正史にするためにギリシャ神話を金輪際復習したくないレベルだ。

 いろいろと他にもフィルとかハデスの愉快な手下たちとか書くこともあるのだが、文章力と集中力と時間の関係で割愛させていただいて、本題に行こうと思う。

ハデス、一緒にゼウスをぶっ飛ばそう

 物語冒頭。ヘラクレスが生まれたお祝いの宴の席で、すでに僕のハデスに対するシンパシーは完成した。

 ヘラクレス誕生のお祝いムードのなか。ヘラクレスへの贈り物が一通り済んだところでハデスの登場である。みなさんはDVDやブルーレイを借りるなりして、このシーンを見ていただきたい。
 ハデス登場の瞬間のオリンポスの面々の視線は、あんまりだと思わないだろうか。表情がハデスに対する嫌悪に満ち満ちている。彼のファッションセンスが気に入らないのか。それともお祝いムードに水を差した彼の言葉が気に入らなかったのか。許してやれよ。ゼウスの兄弟やぞ。さんざんにゼウスから迷惑もかけられてるんだから親愛なる憎まれ口くらいに受け取ってやれよ。冥府の王だけど、決め方くじ引きだぞ。せめて神として普通に迎えてやれよ。

 しかしゼウスは、ハデスを明るく迎え入れる。息子の口に得体のしれないガイコツおしゃぶりをくわえさせようとして逆に指を握りつぶされた彼と肩を組み、「みんなと一緒に祝えよ」と言うゼウスに、ハデスはこう返す。

「皆さんみたいに暇じゃないんだ。フル・タイムで忙しく働いてる。あんたのご命令でな。残念だがおいとまするよ」

 ハデスは冥府の王。フルタイムワーカーなのだ。ひっきりなしにやってくる死者を差別なく迎え入れるクソ忙しい仕事の合間を縫って、わざわざいけ好かないゼウスの子の誕生祝に来てくれているのだ。なんと涙ぐましいことか。同じフルタイムワーカーとして彼の義理堅さには尊敬の念すら覚える。

 そんな彼に対して、ゼウスは以下の言葉をかける。

「休まないと体を壊すぞ。……(ハッハ!(笑))死者の国で死ぬな!(めっちゃ笑っている)笑い死にする!(爆笑)」

 万死に値する物言いである。以上の引用は日本語字幕からで、吹き替え版だと「神が過労死してしまう」とかなんとかいう台詞だった。


 お前の!命令で!フルタイムワーカーやってんだぞ!なに笑ってんだ!


 去り際に一言、ハデスは「笑い死にする」と腹を抱えて笑い転げるゼウスに対して「いいね。死んでくれよ」と呟く。まったくそのとおりだ。なぜこの物語ではハデスの方が悪者なんだ。死ぬべきはゼウスだ!(悪に染まる心)

 ハデスのところに行って肩を組み、「一緒にゼウスをぶっ飛ばそう」と言いたいところだ。

孤独なハデス:ジャファーとの共通点と相違点

 力を持った支配者で、ぶっ飛ばしたい上役がいるという点でハデスはジャファーと共通点を持った悪役である。
 ジャファーは王であるサルタンが無能すぎて、政治のかじ取りをするならば自分がぜんぶやった方が早いと国盗りを企む有能な悪役だった。ハデスの方は、ゼウスが無能というわけではないが、ぶっ飛ばしたい目の上のたんこぶを取り払って自分が頂点に、と考えていることから、ジャファーと似た境遇だと考えることができる。

 しかし、ハデスはジャファー以上に孤独だ。
 彼には相棒がいない。ジャファーには一緒に悪だくみをして高笑いをし、共にランプに吸い込まれて喧嘩まで出来てしまう愛すべきオウムの相棒がいたが、ハデスにいるのは小賢しい2人の手下だけだ。
 王であるが故の孤独なのか。それとも、定期的に彼らに与えていた折檻がいけなかったのか。二人の手下はハデスが死者の漂う死の淵に呑み込まれていったとき、ハデスが出て来られなくなることを喜んでいた。

 なんて孤独なやつなんだ、ハデス。僕は冥府に居酒屋を開いて閉店後にやってきたハデスに酒と肴を振る舞いたいぞ。

ハデスの敗因

 ハデスはなぜ負けてしまったのか。ジャファーのときは、彼の心が邪悪だったから、くらいのご都合主義的な理由しか思い浮かばなかったが、ハデスが負けたのにはハッキリした理由があると僕は思う。そういう意味では、哀しいながらも『ヘラクレス』はよくできた映画だなと思うのである。

 ハデスが負けた理由。それは、ヘラクレスが生まれてしまっていたという運命的な理由である。

 彼の打倒ゼウスの物語において、ヘラクレスはほぼ関係のない、巻き込まれた被害者である。ゼウスが敗北するとしたら因果応報的な結末になるだろうが、生まれ落ちたばかりのヘラクレスが「計画に邪魔だから」という理由だけで人間に落とされ愛する人を奪われ、理不尽に敗北するという結末になるのは物語的に許されない結末だ。だから、3人の運命の女神たちの予言も「星辰がそろうときタイタンたちを復活させてオリンポスをめちゃめちゃにすれば勝てるよ。でもヘラクレスと闘ったら勝てないよ」だったのだろう。本当によくできている。

 だから、ハデスがすべき選択は、ゼウスを倒すためにヘラクレスにあれこれするのではなく、ちょっとひねくれているけど根は良い叔父としてヘラクレスとちょくちょく交流しながら親睦を深めていって、ちょうどいい時期に自分の不満や受けてきた理不尽を語るなどして懐柔し、自分を倒すことに迷いを生じさせることだったのではないか。上手くいけばヘラクレスをこちら側の陣営に引き込むことだって不可能ではなかった、かもしれない。

 運命は確かにハデスに味方していた。彼は方法を誤ったのだ。

勝率

 悪役列伝、友だち探しはジャファーとハデスで2勝。ガストンで1敗となった。

 友だちになれそうな悪役が集まってきたら、彼らの前で酒でも一杯やりたいところだ。

 今回は、労働者的苦労人で、キュートな個性を持った新しい友ハデスに、乾杯。


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