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あの日イオナズンを唱えていた僕は

大人が使いたい呪文ランキング

 こんな記事を見つけた。
 ドラクエを遊んだことのある大人にアンケートをとり、自分が使いたい魔法でランキングを作成したらしい。ランキングの内容は、4位:ザキ、3位:レムオル、2位:ホイミ、1位:ルーラであったようだ。

 確かに、ルーラはほしいなと思う。一度行った場所限定であるが、魔力さえあれば即座に行きたい場所に飛んでいけるのだ。メンタルがやばくてどうしようもなくなった夜に一人で海を見たくなったときや、唐突に久留米ラーメンが食べたくなったときなど、金も時間もかけずに任意の場所に行けるというのは、労働に従事するようになってから特に身に染みてわかるありがたさだろう。 

 ホイミは「きずがかいふくした」と表示されるから、体力回復法として扱うのはどうなんだろうという気がする。けがによるダメージからしか回復できないんじゃないか、とか、MP消費で疲れてプラマイゼロになるんじゃないか、とか、いろんなことを考えてしまう。

 レムオルは・・・別にいいです。透明になったところでやりたいことがない。

 ドラクエを通過した大人の闇が垣間見えるのが、4位のザキだ。何をしたいかはもう明白だろう。

自分が使いたい呪文ランキング(暗黒編)

 ・・・と、こんな記事に触発されて、自分でもどんな呪文がつかえたらいいか考えてみた。
 記憶を掘り起こすためにどんな呪文があったか復習しようと思ったら、自分の知らないものがたくさん増えていて焦る。俺がドラクエから離れていた間に、こんなに増えていたのかよ、と。

 基本魔法をひたすら撒く魔法とか、知っている魔法の知らない上位呪文とか。未知の系統のものもあった。なんなんだザバとかジバとかドルマとか。

 以下では、知っている範囲の、私的ドラクエ呪文ベスト3を、どういう意図で選んだかも含めて紹介する。
 僕の書いた記事を読んだことがある人は、もうおわかりかもしれないが、これは労働につかれたアラサー男子の選ぶドラクエ呪文ランキングである。先に言っておくと、ザキ系はランク外である。理由は後述する。

3位:ルーラ

 アンケートランキング1位なだけあって、これはマジで使いたい呪文である。先述した使い方のほか、東京に行くよりも遠い実家(中途半端に近くて帰省に車で3時間かかる)に一瞬で帰ることができる、友人と「行きたいね」と行っていまだ行くことができていない博物館にコロナリスクが低いまま行くことができる、といった楽しむ目的から、身内に慶弔があったときすぐに駆け付けることができる、クソみたいな時間に職場から呼び出されたときにすでに飲酒をしていた場合に運転なしで行ける、といった大人になってしまったからこその用途まで様々。

 利便性という理由で選ぶなら、ダントツでルーラを選ぶ

 ただ、習得は難しいのかもしれない。ドラクエの勇者はかなり早い段階で覚えた魔法だが、『ダイの大冒険』を見ると、ルーラを使える魔法使いの存在は貴重であるような描写があった。習得するためには魔力を体から放出しなければならず、その修行のために『ダイ大』の魔法使いポップは体に岩を括りつけられたまま海に沈められていた。

2位:マホトーン(『ダイの大冒険』仕様)

「マホトーン」とは、相手の呪文を封じる魔法である。ただ、その封じるメカニズムは、ゲームのものと、『ダイの大冒険』のものでは、少し異なるようだ。

 さっきから『ダイの大冒険』ネタで引っ張ってしまっているが、『ダイ大』のマホトーンは「声を出せなくして魔法を唱えることを妨害する」魔法だった。しゃべれなくなれば魔法が使えないわけである。 
 では本家ゲームのマホトーンはどうかというと、どうも声を出させない魔法ではないらしい。マホトーンをかけられたキャラがストーリー上で普通に会話をしていた場面があるそうだ。

 ところで、僕がなぜマホトーン(ダイ大仕様)を使いたいか、もうおわかりだろうか。うるせえ奴らの口をふさぐのだ

 気の進まない出勤をして、職場の椅子についてしばらくすると、僕に仕事をおしつけようと意気揚々とやってくる上役の姿が見える。また今日も時間だけが無駄にかかる仕事をもって僕のところにくるだろう。
 そういうときに、そっと、見えにくい物陰から「マホトーン」と小さくつぶやいて魔力を飛ばす。上役はしばらくの間、口がきけなくなる。はたからみれば、ちょっとお疲れ気味の職場の人が、言いたいことをうまく口にできない、みたいな状態に見えることだろう。何も言えなくなれば、僕にふられる仕事も少なくなる。晴れて僕は定時退社をキメることができる、という寸法だ。

 実害もそこまで大きくなさそうなので、ぜひマスターしたい呪文だ。

1位:バシルーラ

 相手にむりやりルーラをかける呪文、といえばわかりやすいだろうか。相手モンスターをどこか知らないところにぶっ飛ばす魔法で、こちらのレベルが相手より高いと成功しやすくなるらしい。こちらがかけられると仲間がどこかにぶっ飛ばされる。ぶっ飛ばされた仲間はルイーダの酒場に待機状態になり、迎えにいけば再度仲間にできる。

 類似の魔法に「ニフラム」というのがあるが、コンセプトの違いから採用しなかった。
「ニフラム」は相手を光の彼方に消し去る魔法だ。モンスターを相手にする場合で、かつ相手に消えてほしい場合としては効果はあまり変わらないが、「ニフラム」は浄化して相手を消す、という設定があるのだ。格下をきれいさっぱり消し去る魔法というイメージだが、その実際は、アンデッド等に対する優し気な光の魔法だったのである。誰がそんな生ぬるいことするか

 相手をきれいに消してしまう「ニフラム」ではなく、知らないところにぶっ飛ばす「バシルーラ」。違いは明白だ。消えてもらいたい相手には、生きていてもらわねばならない。これは僕がザキを選ばなかった理由でもある。

みなさん、「バシルーラ」は、職場のハラスメント野郎にかけよう。死ぬほど嫌いな、ハラスメント野郎に。あなたの職場が平和ならいい。ただ、こいつさえいなければ、という職場で労働に従事しなければならない人もいるのではないだろうか。

 職場で、相手に聞こえないくらいの声で、「バシルーラ」と唱える。相手がぶっとんでいってくれたら、それは自分のレベルが相手より上になった証拠だ。成功したときはほくそ笑むとよいだろう。そして、相手がいったいどんなところに飛んで行ったかを想像して、今までの留飲を下げよう。

 現代社会で、突然まったく知らない土地に飛ばされることがどれほど困難なことかはみなさんおわかりだろう。あなたがいなくなってほしいと願ったハラスメント野郎は、知らない町かもしれない、知らない国かもしれない、もしかすると山の上や水中かもしれない、どこかとんでもないところに飛ばされたはずだ。やったぜ。これであなたの精神世界がいくらか平穏になればよいのだが。

 ここ数年で、僕は職場でかなりひどい目にあった。世の中には、消し飛ばしてやりたい人間というのが何人も出てきてしまうのだなと思った。こんなに、監理職が引くレベルのハラスメントを数種類経験するとは、働きだす前には思ってもいなかった。

 もし魔法が使えるなら、もし一個だけ使える魔法ができるとしたら、僕は「バシルーラ」を選ぶだろう。使わないかもしれない。ただ、いつでも引ける引き金を持っておくことで、精神を保てることもあるかもしれない。

小学生のころ、気が付くと僕はイオナズンを学校に向かって撃っていた

 実は、この記事を書こうと思ったのは、冒頭に挙げたニュースを読んで上記のことを思い出したからだ。

 僕は小学生のころから、学校に行くのが億劫で面倒で、そして嫌いでしょうがなかった。からかいの対象になっていたことも少しあって、「学校がなくなれば学校に行かなくてもいいのに」とずっと思っていた。

 そんな僕が「学校をなくす」ためにしていたのが、校舎に向かって、無言でイオナズンを唱えることだ。
 もちろん魔力がベビーサタンほどもない僕が、イオナズンを成功させることなどできなかった。けれど、水滴が岩をも穿つように、僕の小さな魔法がいつか本当がいつか実現するかもしれない、と思って、僕はイオナズンを撃ち続けた。たまにベギラゴンになったりメドローアになったりはしたが、学校に登校すると、歩いて通り過ぎる学校の校舎や遊具にずっと魔法を撃ち続けた。

 それはお守りみたいなものだったのかもしれない。悪態をつくことは痛みを軽減させるのだと何かで読んだ。ただ、子供のころの僕は今の僕と違って、「(自分が)死ねばいいのに」が口癖になっていないし、そうした攻撃性の高い言葉は口に出してもいけないものだと思っていた。だから僕の場合は、心の鎮痛効果をもたらすものが、毎朝毎夕の、ちょっとしたイオナズンだったのだ。

 僕たちは決して魔法を使うことはできない。

 それでも、心の中にドラクエ世界のようなファンタジーを育て、いつでも引ける架空の引き金が必要なときが、きっとあるのだ。

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