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新型コロナウイルス感染症とワクチン特許について

弁理士/ネーミングアドバイザーのヤマダです。

日々報道されるニュースや実際にあった相談の中から、皆さんのビジネスに役立つネタ、知的財産に興味を持ってもらえそうなネタを紹介します。

今日のネタは、「新型コロナウイルス感染症とワクチン特許」です。

■ バイデン大統領がワクチン特許の一時放棄を支持

バイデン米大統領が新型コロナウイルスワクチン特許の一時放棄を支持する旨、表明しました。

皆さんはパンデミック(感染病の世界的な流行)を収束させるために、国が医薬品メーカーに特許を放棄させることについてどう思いますか?
私は特許権を強制的に放棄させるのではなく、特許権者の意思により特許を自主的に開放してもらう方が望ましいのではないかと考えています。


米、コロナワクチン特許の放棄を支持 バイデン大統領が表明


このニュースは、バイデン米大統領は世界貿易機関(WTO)で提案された新型コロナウイルスワクチン特許の一時放棄の要請に対し、支持を表明したことを伝えるものです。

■ ワクチン特許の放棄は医療の破綻に繋がる可能性も…

「パンデミックを収束させるという世界的な大命題があるのだから良いことじゃないか!」
そう考える人が多いんじゃないですか?
しかし、さほど事は簡単ではありません。


特許権は知的財産権と言われるように財産権の一種です。
特許権の放棄=特許権者から財産を取り上げる、ということなので、果たしてそこまでやっていいのかという点には議論の余地があるのです。

特許制度は産業政策の一つで、特許法はその国の産業を発達させることを目的としています。
かつて、リンカーンが「特許制度は天才の熱情という炎に利益と言う油を注いだ」と述べたように、特許による独占が企業に利益をもたらし、その利益をインセンティブ(≒目の前にぶら下げられた人参)として、その国の産業の発達が図られるという図式があるわけです。

実際、ワクチンをはじめとする医薬品の開発には莫大な研究開発資金が投入されています。
医薬品メーカーがそうまでしてワクチンを開発するのは、後々それが利益となって跳ね返ってくるからです。

苦労して開発したワクチンに関する特許が召し上げられてしまうと、医薬品メーカーは研究開発資金を回収することすらできず、ワクチン開発の意欲を失ってしまうかもしれません。
そうなれば、ワクチン開発を含めた医療そのものが破綻することになりかねないですよね?

だから、特許権の取り扱いは、「パンデミックの収束」という公共の利益と、特許権者(医薬品メーカー)の利益のバランスを考慮した上で決めるべきだ、ということです。

■ 日本の特許法には「裁定通常実施権」が規定されている

日本の特許法には、たとえ公共の利益のためであっても、特許権者に特許権を強制的に放棄させる旨の規定はありません。
そこまでやるのは、やり過ぎだと考えているからです。

その代わり、「裁定通常実施権」という特別なライセンスを認める規定があります。
具体的には、特許発明の実施が公共の利益のため特に必要であるときは、その特許発明の実施をしようとする者は、経済産業大臣に通常実施権を設定する裁定を請求することができる旨の規定です(特許法第93条)。

この規定を適用すれば、特許権者に特許権を保有させたまま(放棄させることなく)、第三者がその特許発明を使えるようになります。
また、ライセンス料を低額に設定する等すれば、公共の利益と特許権者の利益とのバランスもある程度はとることができそうです。

しかし、この規定は伝家の宝刀と言われていて、今まで一度も利用されたことがありません。
国が強制的にライセンスの設定に関与する、他人の財産権に踏み込むのはそれだけ重いことなんです。

■ まとめ

今日のまとめです。

できれば、国が特許権を強制的に放棄させたり、ライセンス設定に関与するのではなく、特許権者が自らの意思によって判断することが望ましいですよね。

特許権者に判断の余地を残してあげる。
その上で、今の状況を打開するために自らの意思で特許を開放しようという企業が出てくれば、それは素晴らしいじゃないですか。

実際、そのような動きもあります。
以下のページによれば、101社が927,897件の特許について独占権を行使しない旨の宣言をしています(2021年5月6日現在)。

知的財産に関する新型コロナウイルス感染症対策支援宣言


公共の利益と企業の利益。
このバランスをうまくとりながら、日本が良い方向に進んでいくことを期待するばかりです。


では今日はこの辺で。


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