私の神は弁財天
鎌倉の山道を、ウサギとカメはゆっくりと歩き続けていた。小さな石を踏みしめる二人の足音だけが、静かな空気に響いていた。やがて二人は源氏山公園の入口に辿り着いた。階段を登りきると、目の前に現れた源頼朝の像をそっと見上げた。
頼朝の像を見上げるカメの目には、深い憂いが宿っていた。激動の時代を生きた歴史上の人物に向けた彼の眼差しは、何かを語りかけるかのように静かだった。そんなカメの袖を、ウサギがそっと引っ張った。「私、行きたいところがあるのだけど…」
ウサギに手を引かれながらカメが急坂を下りていくと、大岩にぽっかりと開いた洞窟が待っていた。「ここよ、ここ!」とウサギは声を弾ませた。そこは銭洗弁財天の入口だった。
岩壁に囲まれたトンネルを抜けると、大勢の人々がザルを手に行き交っていた。ウサギは目をキラリと輝かせて言った。「私はここでお金を洗って、大金持ちになるのよ!」
しかし、カメはそんなウサギの情熱を静かに沈めるように言った。「ここは源頼朝が宇賀福神から夢でお告げを受け、天下泰平の世が訪れるようにと作った神聖な場所なんだよ」
「わかったから、早くお金を洗いましょうよ」とカメの言葉をするりと聞き流したウサギはそう言うと、線香の煙で身を清めた後、手早く奥宮の参拝を終えた。
「それではいくわよ!」彼女は全財産をザルに投げ入れると、ひしゃくを手にして、水をそっと掛け始めた。
ウサギは自分の感情が収まるまで、ひたすらお金に水を浴びせ続けた。その手の動きには、どこか必死さが滲み出ていた。やがて、彼女は冷たい水の感触に我に返ると、ずっと自分を見つめているカメの姿に気がついた。
「カメくんはお金を洗わないの?」ウサギが首をかしげながら問いかけると、カメは静かに呟いた。「ウサギさんを見ている方がずっと面白くて、お金を洗うのを忘れてたよ」
彼のその言葉に、ウサギは返すべき言葉を失っていた。
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