変幻自在なコラボの世界
「ねえ、見て! あれ金魚だよね?」
その日、ウサギとカメが国立新美術館に到着すると、ウサギは興奮した様子で、目の前に現れた大きな金魚を指さした。
「まだ展示場に入っていないのに、もう圧倒されちゃうね」キラキラと目を輝かせるウサギの隣で、カメはゆっくりと顔を上げて、その大きな金魚を見つめた。
ウサギとカメが飛び込んだのは、「田名綱敬一 記憶の冒険」の世界。プロローグの間で飾られた「百橋図」を目にした時から、絵が放つ強烈なパワーの前に、二人はただ立ち尽くすしかなかった。
「今の気持ち、どう言葉にしたらいいのか、全然わからないわ」と、ウサギがぽつりと言うと、カメもゆっくりとうなずいた。目の前で次々と姿を変えるアートの洪水に、二人はただ呑まれるままだった。
そんな流れの中で、気づけばピカソの世界にたどり着いていた。
「ピカソは超人的に多作だったけど、田名網さんは、ひたすらピカソの絵を描き写したんだね。その数は700もある」カメは連なった絵を見上げながら呟いた。
「時空を超えてピカソとコラボしてるのね。そう考えると、改めてすごい人だなって感じるわ」ウサギは「ピカソ母子像」の絵をじっと見つめながら呟いた。
「コラボと言えば、赤塚不二夫さんの作品をオマージュしたものもあるね。田名網さん、元々は漫画家になりたかったらしい」とカメは、少し驚いたように言った。
「見て!バカボンのパパがいる。ひみつのアッコちゃんの目は、なんだかすごいことになっているわね。こんなふうになるなんて、本当にびっくりだわ」
「アディダスともコラボしてるのね。何もかもが変幻自在すぎて、言葉が気持ちに追いつかないわ」
田名綱敬一の作品は、過去の記憶や夢の断片をすくい上げ、それを個性的で豊かな形へと広げていた。どの作品も心を揺さぶる。二人は、その揺らぎを抱えたまま、言葉もなく会場を後にした。