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【散文】 週末の夜、対岸の花火


楽しいと、さびしさが増す。
景色がいつもよりも煌めいて見える。
一生忘れたくない時間には、五感を澄ます。
バイバイの後の景色までしばらく澄んでいる。「生」を実感する。
ほんの少しだけ酔っている。さっきまで先斗町で、戦友のような女友達と美味しいご飯を食べていた。
改札の前で見送るとき、離れがたくなって抱きしめた。まるで恋人同士みたいに、照れながら二の腕を触り合ってバイバイ。
駅で弾き語りをしている人がいて、向かいに座っている人はたぶん聴いていた。
月はいつもと同じ色なのに、今夜は明るい。
鴨川デルタまで歩こうかと考えたけれど、靴擦れが痛んできた。
せせらぎが強い。
階段を見つけて降りる。こっちはけっこう暗い。通り過ぎる人の表情も、少し離れて同じように座る人の表情も認識できないけれど、対岸はわりと照らされていて人も多い。
すぐそばに鳴き声がある。川に向かって脚を投げ出して、音楽を聴きながら、今これを書いている。暗がりから、鴨がトットッと歩いてきてくれた。嬉しい。
対岸で花火をする人がいて、眺める。鴨も自分もしばらく黙っている。薄っすら親近感がわいてきて、小声で「いいですか?」と声をかけて写真を一枚撮る。自分の影も入った。
三条大橋のたもとで待つ、金曜日の幸福な再会よ。

そして月曜日の朝、小説を書いている。
掘り下げて、書ききった、と思えるまで書けたら、読んでほしい人に読んでもらいたい。修正して、磨いて、新人賞に応募したい。
純粋な頭で、正直な小説が書けますように。
がんばるぞ、とここでは気合いを見せても、内心は不安で仕方がない。自分を信じきれるだろうか。
漠然と生まれた小説に、弱音が付きまとう癖がついている。だけど。
一作に、一文に、可能性が無数にある。
その空白をうめていくものが個性で、生み出す人間は自分だけだから、好きに書けばいいのだ。

大切な人がいる。ずっと。
背中を押してくれたその気持ちを、何度も思い出す。情けない私の心と可能性を、信じていてくれる。勇気をくれる。完成させられたら、きっと感情が爆発する私を笑ってくれる。
一緒に喜んでくれる。
夏が文学になるように。
書けますように。









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