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いい歳した大人がバレンタインに振り回される話。#5


「明日朝早い?」

『休みだけど用事あるから早い。』

「もうこのまま一緒に寝ようよ。」

『………』

「自制ができる変態なんでしょ?」

『もちろん。』


このタイミングでこうなると思っていなかった。
本当に人生はいつ何があるかわからないと大袈裟に思った。
Rくんと私はベッドから起き上がることなくそのまま話した。




「Rくん、腕枕して。」

『絶対やだ。イジってくんのやめて。』

彼は以前、一晩中腕枕をせがまれて、翌朝起きると腕が激痛で曲がらなくなったことがあった。

偶然電話すると、腕がやばいと言うから調べたら “ サタデーナイト症候群またはハネムーン症候群 ” と出てきて、大笑いしたことがあった。
笑い事じゃないと言いながら、彼も笑っていた。



「Rくん好きな人いるよね?」

『え?まあ。』

「付き合わないの?」

『もうそういうんじゃないんだよね。
しっかり告白したわけじゃないんだけど、どうせ時間の無駄するならおれとしましょうよって言って、おれと付き合うことは今後もないってはっきり言われた。』


あんなに聞けなかったのにあっさり聞いた。
Rくんもあっさり答えた。
暗闇だったからか、バレンタインの魔物に取り憑かれていたからかはわからない。

それ以上は聞かなかったし、彼も言わなかった。
どうにかなることはもうないけれど、それと好きかどうかは別だと言っている気がした。
それでも彼の言い方が重くなかったからか、恐れていたよりダメージは少なかった。

またいつかちゃんと聞こう。そう思った。
何となく、彼も同じ気持ちだと感じた。



「女の子の体のどこが好き?」

『鎖骨。』

「えー?」

『いやガチで鎖骨。』

「私あるよ鎖骨。さわりたい?」

『おれにもあるよ(笑)』


ベッドに寝転んだままこんな会話をしても、お互いに好きとか好きじゃないとかは言わなかった。
そういう話はやめようと言ったわけではないけれど、多分お互いに、今日じゃないなと思っていた。

思えば大人気なくイライラして八つ当たりし、抱きしめたり抱きしめられたりしながら、泣いて笑って、隣で寝てる。

たった数時間で感情が上下左右に目まぐるしくて、もう男として女として好きとか好きじゃないとかどうでもよかった。

するとかしないとか、したいかしたくないかとか、本当にどうでもよかった。

多分人として好きじゃない人とは隣で寝ない。
その事実で十分だった。


『なんか、疲れたな。』と彼が言った。
「なんか、疲れたね。」と私も言った。


「おやすみ。」と言うと『寝れるか!』と言った割には、私より速く寝た。

寝てるやん。全然寝てるやん。とは思った。



数時間後にRくんのアラームが鳴った。

一向に鳴り止まないアラーム音に、かけたなら止めなさいよ…と遠い意識の中で思った。

徐々に意識がはっきりしてくると、私は彼と密着していることに気づいた。
また後ろから抱きしめられてる。
彼バックハグ好きなんだな。意外。

寒がりの私が全然寒くなかったことに気づいて、恥ずかしさに余計体温が上がる。

寝ている間に無意識に抱きしめる腕も、しっかり胸の上に置かれた左手も、全部男のそれだった。

どこが自制できる変態よ。
女の体で好きな部分は鎖骨、って嘘をつくな。絶対胸やろ。

ほぼ腕枕状態の彼の腕が心配になった。
事故か本能かは知らないが左手は一刻も早く退かすとしても、せっかくだからもう少しこの幸せを堪能したいと思ったけれど、彼のアラームがそれを許してはくれなかった。


こんなに鳴っていて起きないのに、何で着信は起きるのか不思議。
手を伸ばして、彼の髪をクシャクシャにして起こした。

片目を開けて、『おはよ……近。』と言った。
あぁこの声。やっぱり好きだなと思った。

「朝から恥ずかしいからそろそろ離してくれないかな…」と半分嘘で半分本音を言うと、『おれ!?』と言って離れた。

どう見てもおれよ(笑)


アラームを消して起きたと思ったのに、目を離したらしっかり寝てる。
今日は休みだと言っていたから、魔法の言葉(仕事遅刻するよ)が使えない。

仕方なく「起きないなら襲っていい?」と言うとすぐに起き上がり、寝癖の頭にフードを被り、サングラスをかけてマスクを付け、AirPodsを装着しiPhoneと財布を持った。

…そんなに私に襲われるの嫌なの?
以前も思ったけど、寝起きいいの?悪いの?どっち?


帰る間際に、
『おれ抱き枕大好きなんだよね、ごめん』と言ってきた。

抱きしめたことへのごめんなのか、抱き枕にしたことへのごめんなのかは問い詰めなかった。
どちらにしても抱き枕だったから。


やっぱり朝の低い声とテンションがエモかった。何で夜は少年なのに、朝はこんなにも男なんだろう。



これはいい歳した私がバレンタインに振り回された話。

私はどうかしていたし、きっと彼もどうかしていた。
一緒に寝たことで何かが変わってしまったのか、そんなことでは何も変わっていないのかはわからない。


『おれバレンタイン嫌いだったけどさ、楽しかった。ありがとう。
じゃまたね。仕事がんばって。』

そう言ってドアが閉まる。

こちらこそありがとう。
私は一生この日を忘れないだろう。



The END!

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