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【短編小説】移動手段

 レンゲに掬った鳶色のスープを啜る。
 塩分と油分が強烈な刺激となって頭蓋骨の奥にキックを与える。
 硬め濃いめ油多めのラーメンはいつまで食えるのかと言う問題について考えながら、ひとまずは目の前にあるラーメン丼を片付ける事にした。


 背後のテーブル席では大学生らしき若い男女たちが談笑しながら、同じように鳶色のスープに浸かった麺を啜っている。
 どうやったら印象的なキャラ付けをして、今後の大学生活をやり易くできるか?と言う様な話題で、何となく微笑ましい気分になった。


 自分も同じような事を考えていた時期がある。
 毎朝、学生寮の前で木刀を使った素振りをすると言うものだが、大学剣道部にも所属してないのに素振りしている危ない奴と言われてやめた。
 おまけに通報されかけていたと後になって聞いた。もしかしたら大学側からマークされていたのかも知れない。


「じゃあ通学の方法を決めよう」
 男子学生の声が聞こえた。
 服装だとか所持品だとかでは安易であると結論付けた彼らは、異常行動だとか奇行種にならない範囲でのキャラ付けをそこに定めた。
 確かに季節感だとかTPOの縛りが発生したりする衣類や、高額だったり危険物に傾いたりする可能性があるアイテムよりは良い気がする。

 
「カマキリハンドルのママチャリにキラキラでヒラヒラのフランジを付けるとか?」
「それだと多分、人によっては地元で見たってなるわ」
 今どきそんなデコチャリに乗ってる奴がいるのか?首を傾げながらチャーシューを食む。
 ホロホロのチャーシューが口の中で解れていくのを感じながら考えるが、自分の乗り物も派手だったと思いチャーシューを飲み込んだ。


「一輪車」
「竹馬」
「ホッピング」
「玉乗り」
「ラート」
 次々と挙げられる通学手段大喜利だが、側で聞いていてもいまいちヒットが出ない。
 次第に前輪が大きいペニー・ファージング自転車だのサーフボードを改造したスケボーだのとなっていき、会話がダレ始めた。


 こちらも残ったスープにコメを投入してしまったので、そろそろ結論を聞かないと消化不良を起こしてしまう。
 その時だった。
「もういっそスーパーカーは?」
 ほら、ドアが上に開くタイプの。
 男子学生はスーパーカーで盛り上がり、女子学生は高級車で盛り上がった。


 ありきたりな結論でお終いになったか。
 ラーメン丼の底に残ったスープとコメをレンゲで掬いながため息を吐く。
 まぁそんなものだ。大抵はグダグダになって終わる。何一つ達成できない。それでいて時間だけは浪費する。
 そのモラトリアムを甘受する為に大学が存在する。


「やっぱ無理だって、新幹線通学には勝てないよ」
「飛行機とかヘリとかじゃないと無理だって」
 腰を上げた背中越しに聞こえた会話は、ラーメン店主の「また来てください」と言う大声でかき消された。


 店の前に停めておいた白人女に跨って足で右乳房を蹴る。ブロンドヘアを引っ張ると、白人女は目を光らせながらゆっくりと前に動き出した。
 帰ったらカップ麺でも喰わせてやるか。
 いや、そろそろこいつの膝当てと軍手も新調しなけりゃならない。
 金もかかるし、しばらくはラーメンもお預けかも知れないな。

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