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【短編小説】細い光

「───」

 何か言われて振り向くと、玄関先に立った恋人がベランダに立っている俺の方を見て早く行こうと急かしていた。
 俺はまだ半分ほど残っている煙草を見てから、すぐ行くと返事をした。全ての荷物が運び出されて何も無くなったこの部屋にも、俺と彼女が過ごした時間がある。
 いつか忘れてしまうのだろうか。
 燃え尽きた灰が落ちて足先に柔らかい感触を与えた。
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 ひと通り室内を紹介し終えた不動産屋は、よく訓練された営業スマイルを保持したままで
「つかぬ事を伺いますが、御手洗様は小まめな性格でしょうか?」
 と俺に向かって訊いた。
 ──小まめ。
 だとは思わない。どちからと言えばズボラであり、だらしなく怠惰である。実際に、いまの部屋があまりにも散らかってしまい片付けるのが面倒と言うか、とても現実的とは思えないので、清掃業社を呼ぶのと同時に引っ越しを……と考えてのことだった。
 そこまで立ち入った話をする訳にもいかず、しかし咄嗟に「几帳面です」と嘘もつけずにいると、不動産屋はその訓練された営業スマイルのまま「実は、この部屋ってあまり几帳面だったり小まめな方にはあまりお勧めしていないんですよ」と言った。
 ──小まめには勧めない。
 店子があまりいい加減では困ると言う貸主の意向ならまだ分かる、が。
 俺が不思議そうな顔をしているのを見た不動産屋は、顔面神経痛にも似てきた営業スマイルで「はい、とは言ってもゴミ出しなどの事ではありません」と笑う。
 そうなると、風呂の時間とか洗濯の時間だとかですかと尋ねるが不動産屋は首を横に振る。そう言うことではありません、どちらかと言えば戸締まりの類ですと答えた。
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 まだ煙草を吸っている俺にしびれを切らせたのか、恋人はドアを開けて出て行ってしまった。アルミのドアがガチャリと音を立てて閉じる。一瞬だけ吹き抜けた風が二人の生活臭を微かに匂わせた。
 ベランダから見下ろす駐車場にたどり着いた恋人は、ちらりとこちらを見て笑った様に見えた。
 この部屋で彼女と過ごした時間。
 壁や天井のシミひとつひとつに何かが思い出される気がした。
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 よく訓練された不動産屋は俺に鍵を渡した後も形状記憶の営業スマイルを崩さず、いくつかの定型挨拶を発すると部屋を出て行った。
 俺はそれを確認してからベランダに向かう。
 そして戸袋の中にいた彼女をそっと取り出した。
 確かに、小まめに雨戸を開け閉めする人間には向かない部屋かも知れない。
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 そっと、戸袋に手を伸ばす。
 気がつくと俺は薄暗い戸袋の中からベランダを見ていた。縦長に薄く光が差し込んでいる。
「ああ、やっちゃったね」
 いつのまにか戻った恋人が戸袋にするりと入り込む。
「ずっと一緒だ」
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 戸袋を覗き込むと、そこには年老いた男女とひとりの若く美しい女がいた。
 俺はその若く美しい女を取り出し……

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