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【短編小説】魔魔02~若者Aの場合~

 二回吸って、二回吐く。
 走るリズムに併せて呼吸する。ジムの若手には古い呼吸法だと笑われたがこれ以外の呼吸法を知らない。身体に馴染んだ呼吸だ。
 すでにサウナスーツの中に着たシャツは大量の汗を含んで重くなっている。手足の裾から汗が迸る。目深に被った帽子のツバからも汗が滴っている。
 それは公園の先にある墓地だか霊園だか、そのさらに先にある交差点にいるらしい。都市伝説みたいなものだろう。百度参りくらいならとっくに終えている。そうじゃない何かがあるなら。そう思った。

 厭に明るい月が無神経に見えて腹立たしい。
 手足に巻いた反射板の光すら神経に障る。
 交通量の少ない真夜中に走れば信号を守らないで済むと考えた。それでも交通量がゼロになる事は無い。轢かれることを考えれば仕方ない。死ぬのはまだいい。片輪になって生きていくのはごめんだ。轢いた奴がちゃんと死ぬまで轢き直してくれるとは限らないなら、轢かれないようにするしかない。
 本来は運動なんて嫌いだった。もう走るのを厭だとも思わない。
 だが疲れている。
 それに強さと言うのが何かわからない。単に腕力が強い事なのか、挫けない精神なのか、それら全てであったり、または別の何かであったり。
 最強とは何か。
 プロ競技の階級だとかルールだとか大人の事情だとかそういうのを抜きにした最強。路上の伝説だとか地下格闘技の雄だとか何だっていい。最強とは何か。最強とはどんな景色か。そしていずれ来る最強じゃなくなる瞬間、何が見えて何を感じるのか。
 それまでに何を得て何に縋り何を信じて、負けて何を失い何を信じられなくなり、最後に残るのは何か。

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