良い思い出がない ⑤

良い思い出が無い、と言うかすぐに出てこない。
すぐに出てこない理由はその思い出についているタグが少ないからだろう。逆に言えば厭な思い出には異様な数のタグがついている。だからすぐに思い出してしまうし、すごく見つかりやすい。結果的に良い思い出より先に厭な思い出が出てきてしまう。

良い思い出が無い訳はない。
生きていればそれなりに良い事もあるだろう。それに気付けているか否かもひとつのポイントだし、それに上手くタグ付けしていけるかもポイントだろう。幸せの効力、持続時間が違うのは個体差なので仕方ない。短時間しかもたないのであれば、小さく細かい幸せをいっぱい回収(気付いて、タグ付け)するしかない。


ルール、と言うものを設定する。
僕は制限をするのが得意だ。食事制限もそうだし、煙草だってそうと決めればすぐ止めた。「~~をしない」と言うルールはすぐにクリアできる。クリアできるが、それを達成する事で得られる自尊心は非常に小さく少ない。逆に、そこで違反をしてしまった際の自己嫌悪は大きく強い。まいってしまう。ルールなんて設定しないほうが良いのかも知れない。


別に自分が不幸だとは思わない。生きるのが上手くないなと思うだけだ。
気付かなくて良い事にまで気付いてしまう。ある程度は鈍感でなければならない。
「なければならない」のだ。敏感なひとは鈍感にはなれない。

スルーする、と言う能力が必要。リベロである必要は無いし、プロレスラーである必要は無い。球を落としたっていいし、技を受ける必要は無い。世間をスルーする。気付かなくなるまでスルーを繰り返す。世間は不愉快さであふれている。アンテナを畳んで不愉快さを受け流していくしかない。


ここで問題だ。不愉快さを拾ってしまっても自分を否定しない努力をしなけりゃならない。大変だ。失敗しても自分を責めない。気にかけない、やさしくならない、粗雑な生き方をする。インプットを減らせば良いだけの話だ。要らない情報をすべて切り捨てる。

まぁそれができれば苦労はないんだが。

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