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Re:【短編小説】こりゃ修羅場Lover

 喫煙室は未だに長蛇の列だ。
 スポーツ観戦も飲み会も、かつての姿を取り戻しつつあるが喫煙所だけは時が止まったままになっている。
 ストレス緩和の為に喫煙休憩を取ったものの、吸いたい時にすぐ吸えない事がストレスになって煙草を止めた同僚もいる。
 それもアリかも知れない。
 そう思いながらまた長い列に加わる。
 緩慢な自殺者達の葬列。
 行く先は焼香場。

「お疲れっす」
 煙草の列に並ぶおれに続いて後輩が並んだ。
「あぁ、お疲れ」
 コイツが煙草を吸う頃には陽が暮れてたっておかしくない。
 喫煙者たちによるコミュニズム。
 狂っているのはどうしたっておれたちだ。
「どうしたんすか、浮かない顔して」
「そんな顔してたか」
「えぇ、だいぶ」
 他人のイヤな出来事にワクワクを隠せない素直な後輩の顔を見て、ふっと気が抜けた。


「実はあれがバレた」
「あれって、アレすか」
 後輩は一瞬にして顔を引き攣らせる。
「そんで呼び出し喰らってんの。その前に一服つけたくてな」
「間に合うんすか、これ」
「さぁ、知らん」
 知らんよ、何時までに来いとは言われていない。
 煙草を吸い終わったら行きますよ、ってなもんだ。
 


 喫煙者たちの葬列は遅々として進まない。
 おれはスマホを取り出して上司とのやり取りを見せる。
「ほら、これ」
 後輩が顔を近づけてメールを読み上げる。
「えーとなになに、吉田君に売りつけた画像について……ってマジで吉田さんに売ったんすかあのコラ画像」
「良く出来てただろ」
「いくらで売ったんすか」
「10枚詰め合わせで10万くらいだったかな」
 もう少し高かったかも知れないと言うと、後輩は顔を顰めた。

 コラ画像と言うのは、上司の吉田が好きな女子社員とネットにある適当なポルノ画像を組み合わせて作ったものだ。
「うわ、で吉田さん本当に買ったんすか」
「本当に買うとは思わなかったんだよ」
 冗談のつもりだった。
 だから買うと言われた時は焦ったし、休日返上で画像加工をした。
 我ながら完成度は高かったと思う。
 久しぶりに自分の仕事分野以外の勉強をして楽しくもあった。


「っつーか吉田さん、それ買って嫁に内緒でシコってんすか」
「そこまで知らねえよ、気持ち悪ィな」
 要らん想像をする後輩の脇腹を突いた。
 ゲラゲラと笑う後輩は、急に真顔になると
「っつーか吉田さん、下川さんの事を好き過ぎでしょ」
 10万てどんだけっすか?と気味悪いものを見る顔をした。
「おれをその顔で見るな」
「あ、すみません」
「こんな事になるんだったらもうちょい吹っ掛けておけば良かったな」
 怒られるにしては額がショボい。

 先ほどと同じ顔で後輩がおれを見る。
「怒られますよ」
「怒られにいくんだよ今から」
「そうっすけど」
 葬列がやっとひとつ進む。
 数えても仕方ないが、あと何人待ってるんだ?
「っつーか何でバレたんだよ、あの馬鹿まさか職場で観たりしてたのかな」
「うわぁ、やりそうっすね」
 嫌われ者の上司、吉田。
 あいつから貰った金って何に使ったっけ?


「仕事しねぇできねぇだけならまだしも、おれにそういう迷惑かけんなよっての」
「すげぇ事を言ってますけどわかります」
 その瞬間にふと、ある可能性に思い至った。
「あー、あいつ馬鹿だから下川に訊いたかな」
「え、何を?」
「おれと付き合ってんのか、みたいなの」
 後輩は逡巡して、おれに確認する顔を向けた。
「え、なんでそうなるんすか?」
「コラ画像の出来が良すぎて本当のハメ撮りに見えて不安になったんじゃねぇの」


「うわぁ、超馬鹿だ」
 間を置いて笑い出した後輩を見て、おれはさらに不安になった。
「あー、どうしよう」
「え、何すか」
 笑いすぎて目尻から溢れた涙を拭いた後輩は、まだ何かあるのかとおれを見る。
「もしかしたら本物が混ざってたかも」
「え?」
「え?」
「本物?」
 呆気にとられた後輩は、まさしく豆鉄砲を食らった鳩そのものだった。
「あー、言って無かったっけ。おれ!下川と結婚してんのよ」
「は?」
「下川経由でバレたんなら両方面倒くせぇな。今朝からメッセの返事無いのその所為か」

 しばらくの間、言葉を選んだ後輩は慎重な口振りで
「超修羅場じゃねぇっすか」
 とだけ言った。
「まぁなるようになんだろ」
「いや、ならないんじゃないっすかね」
「それにしても進まねぇな」
 ここでこの話は終わりだ。
 それを察した後輩は素直に話を終わらせた。
「そうっすね」
 お前は仕事ができる男だよ。

 葬列は進まない。
「煙草やめようかな」
 後輩は悪い笑みを浮かべる。
「そのまえに仕事じゃないっすか」
「あー、そうかもな」
 この仕事も先細りは目に見えている。
「まぁとりあえず一服っすね」
 ようやく一人分進んだ長い葬列は、それでも焼香をあげたい人で連なっていた。


 空が青いな、と思った。

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