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【超短編小説】下高井戸ポンド

 遮断機が上がり踏切を渡ろうとした時に、ふと水溜りが目に入った。
 水溜りは薄く虹色に光っていた。
 そしてその虹色が風に揺られて水溜りの表面を緩やかに動く。
 ぼくはその美しさに心を奪われて立ち尽くしてしまった。この美しさを守護らなきゃならないと思った。
 ぼくはランドセルを遮断機の下に置いてしゃがみ込むと、その虹色に光る水溜りの周りに敷石を並べ始めた。
 灰色の敷石をひとつずつ拾っては水溜りの周りに並べる。敷石をめくると下から誰かの吐瀉物が現れた。
 まるで親戚(東中野のおじさん)が死んだ時に、家の整理を手伝いに行った時の事を思い出した。
 東中野のおじさんの家は目の前が砂利道になっていて、その砂利の下からは誰かの吐瀉物が出てきた。
 ぼくはこっそりと貰いゲロをして、それを別の砂利で埋めた。そうやってここには無限に吐瀉物が埋まっているのかも知れないと思った。
 踏切の下にある敷石も誰かの吐瀉物を埋めるようにしていたのだろうか。
 ぼくは虹色の水溜りに沿って出来るだけ綺麗な敷石を並べながら考えていた。
 しばらくはぼくを黙って見ていたらしい踏切警手は、何かぼくの背中に向かって言っていたが、ぼくが聞こえないふりをしていると見ると警笛を短かく鳴らした。
 ぼくは驚いて持っていた敷石を落としてしまった。敷石は虹色の水溜りに落下して水を跳ねかせると、表面の虹を追いやってしまった。
 ぼくは悲しくなって踏切警手を睨みつけると、通勤快速の列車が勢いよく駆け抜けていって、轢かれた人たちの血が並べられた敷石の中に溜まっていった。
 でも血は別に虹色では無かったので、ぼくは興味を失ってランドセルを背負うと、世田谷線のホームに向かって歩き出した。
 踏切警手は責任を取って腹を切った。

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