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和魂漢才の見直しで見えるモノ

山本七平流の「空気」や「常識」を、見直していると、その議論の多くは

心と意識

の分離で、説明できます。別の言い方をすれば

和魂漢才

つまり和の心と
漢文などで伝わる才知の
二重構造

の理解です。

さて、これを見て

和魂洋才の間違い

ではないか、と言う人もいるしょう。実は

和魂漢才は奈良・平安時代から日本固有の発想
和魂洋才は明治の文明開化の時に
和魂漢才を参考にした新造概念

です。

さて、ここで「漢才」と「洋才」の違いを、明確にしておきましょう。漢才と洋才の違いは

洋才には古代ギリシャ哲学からの
形式化の伝統がある
つまり
しっかり定義した概念と確実な公理からの論証

という厳密な思考法ができている。一方

漢才は

論理の中心は比喩で
厳密な形式の力はない

ので、西洋文明のように

自然科学の力

を発揮するには十分でした。

しかしながら

直観的に理解しやすいので
知識の大衆化に役立つ

利点があります。また、比喩を使うためには

共通の世界観
神話など

が必要になります。

さて、ここで日本の「和魂漢才」に戻ります。魂に響くのは、自らの経験であり、それを歌う詩です。つまり

和魂は共有した経験
和歌や古事記の世界
更に多くの物語の世界

です。こうした世界観による「常識」は

その体験だけ

に限られてきます。それを広げるのが

漢才による一般化

です。色々な物事の、共通点を見いだし一般化する。こうして、比喩や類推が使えるようになります。

このような、漢才の一例が

日本書紀による歴史記述

です。日本書紀は、漢文で記述されていて、天地開闢の部分でも、中華文明の陰陽思想が見え隠れします。また、異説を記載しているのも、日本書紀の特徴です。これは

日本書紀の論理的議論は異説を認める
古事記の詩情は一つの世界を述べる

と言う違いです。

このように

和魂=心 と 意識=漢才

の2面を知ると、日本人の行動の特異性が見えてきます。

#和魂漢才 #和魂洋才 #哲学 #古事記 #日本書紀


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